「…ところでイルカ先生、今朝の新聞記事、読みました? 何でも『独身女性の6割が、自分は男性化していると感じている』らしいですよ」
「……へ〜〜〜」
居酒屋特有の小さな椅子の背にもたれることを諦めて、脇の壁へとゆっくり体を預ける。土と木で出来た壁を通して伝わってきた冷気が、熱い額に酷く気持ちいい。
さっきまで居た外の世界は、今朝からちらつきだした雪に滲んで、まるでオブラートに包まれたような淡さだった。
「えーと例えばね、『家で一人で晩酌をする』とか、『男前だと言われる』とか、『ヒゲらしきものが生えてきた』とかに心当たりがある女性が、結構な割合にのぼっているとかで」
はァ? なんだそりゃ。
その記事書いたヤツって、五代目に喧嘩売ってるとしか思えないんだが。ひょっとしてカカト落とされマニアか?
……って、まー…いいかぁ〜…
「はぁーーーそーなんすかぁーー。カカシセンセーはイロイロと幅広くご存知なんですねぇー……ってうわ?!
なんじゃコリャ?! 俺にもなんか生えてきてんぞ?!」
何気なくあごに触ったらざらざらしていて、その馴染みの感触にわけもなく可笑しさがこみあげてくる。
さらに目の前で右目をぱちくりさせている男を見るともうダメだ。斜めの額当てめがけてブーーッと勢いよく吹き出すと、天井に向かって腹の底から思い切りゲラ笑う。おー気持ちいい。
「…ゃっ…でも…、ま、何といいますか。おかしなことを調べたがる連中も居るもんだなぁと、ね。だって独りもんなら、男であれ女であれ、なんでも自分一人でやって生きていかなくちゃいけないんだから、自然とどっちの役割もこなすようになるだろうし?
そしたら考え方だって行動だって、そうなってくでしょ? いまさら取りたててそんなことを記事にする必要なんて、あったんですかね」
(あ、チクショ)
コイツ今の俺のリアクション、すっかりスルーしやがったよ…って、あぁぁもう何だかなぁ〜〜……まーぁーいーーかぁ〜〜…
「うははははは!! んじゃもしかしてカカシさんて、裁縫とかもやってたりするんですか〜??
見てみてぇーー!!」
今度は小さな椅子を前後にガタガタ揺すりながら笑うと、テーブルの上の空になった徳利や杯までが一緒になってカチャカチャと騒ぎ立てる。目元が熱くなって潤みまくっているのが、自分でも分かる。
(おうっ、今日は酔ったぞ!)
酔ってやった。
あとは知らん。
「――なァ、せんせぇ?」
揺すっていた椅子をガタンと止めて、上忍の目を斜め下からぐいっと見上げる。いつ見ても涼しそうな目元が、今夜に限って無性に気に食わない。
「んー?」
「男だとか、女だとか。――んなこたぁいまの俺にゃ、どーーーだっていいことなんですが?」
「…………」
(あーもーー。はやく「そろそろ出ようか」って言ってくんねぇかな)
言えよ、ホラ。言えったら。
そうしたら毎回こうして二人っきりでいるのに、いつまでも理屈っぽいことばっかり考えてるその白い頭に思いっきり頭突き食らわして。
お前の前には俺しかいないんだってこと、嫌ってほど分からせてやる。
ヒッく。
『目を醒ませ!』 fin
TOP 書庫