「――なっ、何でオレらの気殺がわかった…?」
 イルカ先生と紅の下敷きになりながら、アスマが呻いた。
「馬鹿野郎…オレを舐めるな。腐っても上忍だぞ」
 声はそれなりにドスが効いていたが、実のところ口当ての下では笑ってしまっていた。
 本当は三人の気配なんて微塵も感じていなかった。曲がりなりにも彼等は優秀な忍なのだ。
 ただ、(あいつらなら、ひょっとしてドアの外で心配して聞いているんじゃ…?)と、何となくそう、思っただけ。
 でもオレはそんな事、恥ずかしくてとても口に出せなかった。

「君達五人は、一匹狼が多いと言われている上忍にしては、珍しく仲が良いのだな。それに、上下関係もさほど厳しくないらしい」
 アザミはその後、応接室で済まなそうに頭を垂れる三人を前にすると、それまでと何ら変わる様子もなく話を続けた。
「あのっ、本当に申し訳有りません! こんな失礼なことっ…!」
 イルカ先生が羞恥で顔を真っ赤にしながら、何度も頭を下げて詫びようとするのを、アザミがやんわりと制する。
「いや、気にするな。お陰で私も踏ん切りが付いた」
「…?」
「最初に火事現場で君達に会った時から、その仲の良さが印象的だったのだ」
「…はぁ…?」 
(仲がいいって…。オレとイルカ先生はわかるけど、オレとガイのどこが仲良く見えたんだか)
 どうにも腑に落ちないオレの前で、彼女の話は続く。
「次にガイと木ノ葉公園で会ったときに居たのは…君達かな? 向かいの木の上に居ただろう?」
 そう言ってにっと口端をつり上げながら軽く指差したのは、紅とアスマだった。
「ッ?!」
(やばっ! やっぱ気殺が解けて丸分かりだった!)
 一気に凍りついた一同を尻目に、アザミは可笑しそうに口元を緩めつつ、尚も続ける。
「恐らくは、先日のカレー屋にも……居たんだろう?」
「?!」
「さっきカカシが言った台詞…『火は待ってくれない』は、あの日ガイが私に言ったものだ。そう言えば、後ろの席に雰囲気のある四人組が居たがようだが……ひょっとしてあれかな?」
 言って、優しく目を細めた隊長に、一同はもう白旗を上げるしか無かった。

 しかし、しゅんとして俯くオレの前で、アザミはいつもの力強い視線に戻って意外な事を話し始めた。
「君達のその仲の良さ、これからも大切にするといい。戦地に赴く者にとっては何物にも代え難い、大事なものになるだろう」
「ぇ…」
 全員の顔が上がり、イルカ先生が思わず漏らした小さな声が聞こえる。
「ガイも幸せだな、良い仲間を持って。正直私も羨ましいよ」
 だがその薄い色の目元には、強さの中にもどこか寂しさが浮かんでいるような気がして、なぜかオレ達を見入らせずにはいられなかった。
「アザミ、隊長…」
「カカシ、隊長はやめてくれ。君は今後も消防の人間にはなり得ないのだからな」
「では――」
「残念だがカカシ、君の事は諦めよう。ガイに関しては……そうだな、もし本人が今後も入隊を希望すると言うのなら、君達の仲を隔てるのは心苦しいが、彼の思うようにさせてやって欲しい」
「――わかりました」
「互いに明日をも知れぬ命だ。生ある限りは、惹かれあって集う者達との仲を深めていくといい。君達なら、それが修羅の場から生きて戻るための力にもなるだろう」
 そしてアザミは「邪魔をして済まなかったな」と言うと踵を返し、応接室を後にした。
 オレ達はその凛とした後ろ姿を、ただ黙って見送った。





 翌夕、上忍待機室。
 あのガイが、どうしたわけか朝からとんでもなく落ち込んで、部屋の隅でむっつりとふさぎ込んでいた。
 オレ達は一体何事が起こったのかといぶかりながらも、朝からずっとそれを遠巻きに眺め続けていた。
 業務が一通り終わったらしいイルカ先生も、話を聞きつけて待機室にそろりと入ってくる。
「…ホントだ…。ガイ先生、どうしちゃったんですかね? あの様子は尋常じゃないですよ」
 一瞬で表情を曇らせて、側にいたオレに囁く。
「ん〜朝からあの調子。昼メシも食わずに、ずっとあそこでああしてる」
「困りましたねぇ…」
 イルカ先生の本当に困った様子の言葉に、一同暫し黙り込むが。
「――ねえっ、いい加減どうすんのよォアレっ! このまま放って帰る気ッ?!」
 ついに痺れを切らした紅が、いつもの三倍のペースで吹かしているアスマの煙草をその唇から一瞬で奪い取って握り潰し、押し殺した小声で詰め寄る。
「オっ…オレに聞くなってー! …カカシ、おめぇ行って理由聞いてこい!」
「なッ、何でオレなのよ?!」
「アンタ忍術指導担当でしょ?! ほらッ、早く行って。ぐずぐずしてると幻術かけてでも行かせるわよ!」
 本当にやりかねない剣幕で、アスマと二人がかりで背中をどん、と容赦なく押される。いや、突き飛ばされる。
(うぁっ…と…)
 オレは勢いを殺しきれずに、ガイのすぐ近くまでたたらを踏んでしまい、すぐ間近で目が合ってしまった。
「…っと…」
「…………」
 が、一瞬合った視線も、すぐについ、と逸らされてしまう。
「…………」
 オレは話しかけるきっかけを失って口ごもった。
 チラ、と援護を求めて後ろを振り返ると、アスマと紅が『いいから早く切り出せ!』と盛んにゼスチャーを繰り返している。
(ったく、勝手ばっか!)
 オレはムカムカしながら、半分怒りまかせでガイの隣の空いた席にどかっと乱暴に座った。

「――でっ、何が、あったわけ?」
 そっぽを向いたまま問いかける。
「…………」
「黙るなって。気味悪いでしょうよ。たくー」
 気付いたら、頭をガシガシ掻いていた。
「…………」
「ぅぁぁもう! 一体なんなのよ?! 入隊試験なら来年には絶対受かるって! 心配するな、お前の勝ちだ!」
「……さんが」
「あ?」
「……アザミさんが…もう……付き合えないって…」
「――は?」
「…聞いたら彼女、親兄弟も…火事で亡くして居ないらしい…。だから恋人とかつくると、必ず生きて帰りたくなるから…どうしても保守的になるから…、今まで通り生存者本位の指揮をする自信が、なくなるから……だから隊長として、それは出来ないって…」

「――――」
 今度はオレが黙る番だった。

 それは彼女の本心なのか、体のいい詭弁なのか。
 いずれにせよ、恐らくアザミはあの後、様々なことを真剣に考えたのだろう。
 そしてその先で彼女が出した答えは、我々に言った力強い言葉とは正反対のものだった。
 彼女の鉄壁の如き強さの裏側にひっそりと隠された、ガラスのような脆さを、オレは一瞬垣間見たような気がした。

「――でっ、それが何なわけ? 付き合えないって言われて、はいそーですかって、逃げ帰って来たっての?」
「なっ、何だとォ? それ以上オレにどう言えというのだ!」
「知るか、んなこと! 自分で考えろっ。大体オレとの試合はどうなる! やっぱり試合放棄か? あぁ?」
 気付いたら、オレはガイより熱くなって椅子から立ち上がっていた。
 だが驚いて目を見張っているアスマ達と目が合うと、一瞬で熱が冷め、思い切り気まずくなって静かに座り直す。
 やばい、最近アイツと長いこと一緒に居たせいで、ビョーキがうつっちまった。
「上等だァ! オレは試合放棄はせん! こうなったら入隊試験は無理でも、術だけは最後まで極めてやるぞォ! お前もヒマそうだから、とことんまでつきあってやる。有り難く思え!」
「はァ? つきあってやるって、誰に向かって言ってんのよ。バッカみたい。断る」
「遠慮するなァ! …はは〜ん、さてはオレが忍術までも極めて、今後の対決で歯が立たなくなるのが恐ろしいのだろう?! フッ、ミエミエだな!」
 ようやく元通りに生え揃った激眉が器用に片側だけピクンと跳ね上がり、ニヤリと不敵に笑うと、小さな黒い瞳と白い歯がキラン☆と輝く。
「――も……勝手に、やってて…」
 オレはいつもの脱力モードに入って、力無く机に突っ伏した。
 ただ、両腕で覆い隠されたオレの顔には、なぜか後から後から変な苦笑いが浮かんできて、どうにも止められない。

 どんなにハイテンションで、ズレてブッ飛んでいようが、それでいい。
 アイツは、うざいアイツのままでいい。

 突っ伏したまま顔が上げられなくなってしまったオレの隣で、ガイのますます意気上がる声が続く。
「さぁーてとォ、そうと決めたらじゃあまずは腹ごしらえといくかァ! どうだ、今夜は特別にオレが奢ってやるからお前らも一緒に行かんか? もう何もかも忘れて体の芯からカーッと熱くなれる、ナイスな店を知ってるのだ!」
「「「…えッ?!」」」
「なんだなんだァ、オレの奢りがそんなに嬉しいのかぁー、ハッハッハ! まぁたまには、お前らと青春を熱く語り合うのもいいかと思ってな。その店はなぁ、客も店主も一緒になっ…
「ちょ、ちょッ、ちょっと待って! …あのっ、アタシ達三人は今日は先約があるからッ。ほんとゴメン! ねっ! この通りっ!」
「――ん? 何だァ三人共かぁ? …じゃあ仕方ない、カカシィ! 今日は日頃の指導の礼として、オレがスペシャルなのを奢ってやるからサシで勝負だ! ほら、行くぞォ!!」
「あぁッ?!」
 言った直後には物凄い力で腕を掴まれ、そのまま立たされていた。咄嗟に身の危険を感じ、渾身の力を込めて振り解こうとするが、そのぶっとい手指はびくともしない。
「やっ、やめッ…! ――おい、アスマ! 紅っ! イルカ先生――ッ!」
 叫んで振り返るが、もう三人の姿はそこになく。
「フッ、まぁそう遠慮するなって! 水臭いぞカカシィ!!」
 などと、尚もほざき続ける筋肉バカに引きずられて、今度こそ全身の力が一気に抜けていったオレは、口布の下で諦めの長い長い溜息をついた。








                      「炎の恋」  おわり



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