「あ、あ、あ!」
 やがて彼の「本体」が俺を押し広げながら入ってきた瞬間は、どうにかして痛みを逃がしたくて、シーツを引き裂かんばかりに掴んだ。「よく解した」なんて絶対ウソだ。見てもないくせに!
 髭剃り用オイルの匂いが、カカシさんの汗と混じり合いながら鼻の奥を刺激している。いまこの行為とその匂いは、何も無い暗闇で完全に結びついてしまった。今後そのオイルの匂いを嗅ぐたび、この記憶が目の前に甦ってくるだろう。少なくとも今後の髭剃りに使うのは、泡かローションにしなくてはと思う。
「っ…イルカ、息して。腹筋、緩めて」
「…っ、…はっ…、はあっ…!」
 返事も出来ない。あんなところにそんなものを半ば無理やり突っ込まれている最中なのに、腹筋を緩めるなんて芸当とても無理だ。オイルなら自分の中にも彼のものにも溢れるほどたっぷりと塗られていたはずだったが、そもそも全くサイズが合ってない。最初に彼のものを触ったときにはわかっていたことだが、それでも痛みとキツさはその想像を遙かに超えていた。見えないだけに痛みはダイレクトに響いてきて、さっきから目隠しの下で目玉が溺れている。とてもじゃないが、「ありがとう」「あいしてる」の二言だけで安請け合いしていいようなものじゃなかった。ぽーっとしてた俺のバカ! お人好しにもほどがあるぞ!

 それでもなんとか全て収まりきってしまうと、彼は牡の本能に導かれてゆっくりと腰を動かし始めた。やがて幾らもしないうちに、俺のあそこを彼のものがひっきりなしに出入りしはじめる。ここまできて動かさないまま終わることもないとは思っていたが、予想通りの衝撃に歯を食いしばる。そしてこれも最初からわかっていたことだが、ストロークが無駄に長い。
「ふっ…、…ぅっ…、…あぁ…ぁぁ…イルカ…!」
 だが向かいから響いてくるその深い溜息混じりの声があまりに気持ち良さそうで、やめてくれとも言い出せない。しかも牡の体は正直…というか現金なものだ。今まさにガンガン貫かれているというのに、同時にオイルを垂らされながら玉と竿をぬるぬるして貰いだすと、今の今まで痛みからすっかり萎れていたものが、再び何事もなかったように勃ちあがりはじめた。苦しい息の下で、我ながらどうしたものかと思う。目隠しがあって良かった。
 やがて自分でも「はち切れそう」なことがわかるようになってくると、どうにかしてそれを解放したくてたまらなくなる。
(ああ…俺のその…今ぬるぬるしてくれてるとこの、すぐ裏側の壁を…、…あぁ、そこ…、うぅ…そう…そこ…)
 真っ暗な目の奥で感覚を集中し、一心にイメージする。目隠しがなければ、きっと気がつくこともなかっただろうそれ。
「っ、カカシさ…」
「んっ…、わかってる、…まって、も…すこし…」
 腕を支えにして少しだけ腰を動かすと、彼にはもう俺がどうして欲しいかが伝わったらしかった。ふと今更のように(俺達、繋がってるんだな)と思う。胸が熱い。
 カカシさんがぐっと身を乗り出してきて、空いている左手を俺の右手に重ねてきた。
(ぁ…、あぁそこ…いま少し掠めた気がする…)
 その感じを握った手指に込めると、すぐに軌道修正されてくる。暗闇で感じるのは、彼の存在のみ。他に見るべきものの一切ない二人のコンタクトは面白いように伝わって、以前あれほど噛み合わずに別れてしまったことが嘘のようだ。
(…あぁっそこ、そこ…っ)
 もう一度、男の手指をしっかりと握り締める。
 早くそこを、あんたの固くて熱いそいつで、気が遠くなるくらい衝いてくれ。
 カカシさんが正しくその手指信号を受け取ると、「こんなことなら轡もしておけば良かった」と後悔したくなるようなあられもない声がとめどもなく溢れだした。
 上忍はその声を暫く堪能したあと、俺の快感に寄り添うように呻きながら、殆ど一緒のタイミングで果てた。


     * * *


「――了解。印はわかった。あとはそのチャクラが上手く練れれば、だね」
 黒い支給服を着けただけのカカシさんが、ひとつ頷く。
 今しがた、俺が受け取った巻物を読み上げ、解術の方法をカカシさんに伝えたところだ。

 思わぬところから始まった行為が終わり、水を飲みに行こうと何の気なしに寝室のドアを開けたところ、そこに八匹の忍犬が火影からの巻物を携えて座り込んでいてギョッとしていた。護送任務は無事に終えたらしい。
「おっ?! おかえ、り…。いっ、いつから、ここに…?」
 聞かない方が絶対良かったのに、どぎまぎの反動でついつい聞いてしまう。
「どの辺からか詳しく言うても構わんが、こういうものは犬も食わんからな」
「ワオオーーン、アツイアツイ〜!」
「火影がいつもの肉屋で食べ放題にさせてくれなかったら、邪魔してやったところだぞ」
「イルカ、口止め料として、腹掻き五〇〇回でもいいんだぜ」
「カカシ、お前は毛が生えてないんだからさっさと服を着ろ」
「ツルツルは可愛くないな」
「あぁ可愛くない可愛くない」
「ハイハイ、みんなはふかふかでほんとーに可愛いよ〜」
(うはあ〜…)
 恥ずかしさから今にも頭を抱えそうになりながら、パックンから巻物を受け取っていた。つい半時ほど前のことだ。
 そこから暫く巻物を読み上げていたが、正直上手くいくかは五代目もわからないのではないだろうか。出来なければ修正を繰り返し、近づけていく。
(解けるまで、付き合いますよ)
 例え何年かかったとしても。
 一頭一頭、その毛並みの触感を確かめるようにしながら優しく撫でてやっている男の姿を黙って見守った。


     * * *


 イルカから巻物に書かれた内容を一通り聞き、覚えた。あとはチャクラを練って印を結ぶだけだ。先ほどの賊徒との戦闘で少しチャクラを消費してしまったが、幸いにもイルカから倍量チャージして貰った。今はどんなことでもやれそうな気分だ。
「――解!」
(ッ?!)
 チャクラを練り、解印を切ったその瞬間。真っ白な光が両の瞼を焼いたような感覚に息を呑み、両手で目を押さえる。
「うぅ…っ…!」
「カカシさん! 大丈夫ですか?! カカシさんっ!」
 イルカが伏せた顔を覗き込むようにしながら繰り返し名前を呼んでいる。
「目が…」
(目の、奥が…)
 一瞬感じた刺すような痛みに、ただ耐える。だが時間が経つにつれ、それらは自分の瞳が余りにも深い暗闇に慣れてしまっていたせいなのだとわかってきだした。その証拠に、きつく閉じた瞼の裏が明るい。
「――っ、明かりが…眩しい…」
 イルカが慌てた様子で室内の明かりを消して回りはじめた。


「っ、…俺が、見えますか…?」
 すぐ目の前で、イルカがおそるおそるといった様子でこちらを見つめている。その眉は眉間に向かってぐっと寄せられ、とても心配そうだ。もうずっと、声を聞いても想像するだけでしかなかった顔が、声と共にそこにある。
「…あぁ。――よく、見えるよ」


 カーテンの隙間から外を覗くと、色とりどりの街明かりが点々と灯った里を、青白い月明かりが静かに照らしている。
 窓から差し込んできた淡い光が、こちらを向いて座っている忍犬たちの柔らかな毛並みの一本一本までを、くっきりと浮かび上がらせている。
 イルカのくしゃくしゃな顔と、みるみるうちに潤んでいく真っ黒な瞳を見つめながら、いまだ解かれたままの真っ直ぐな黒髪をゆっくりと撫で、その艶やかな感触を確認するように味わう。
 自分が守っていた世界は、こんなにも美しいものだったかと思いながら。

 どちらからともなく固く抱き締めあい、柔らかな唇の感触を確かめ合っていると、それまで大人しくしていた忍犬たちが騒ぎだした。やはりこれについては「食えない」らしい。
(あぁわかった、わかった。んーそうだな…)
 これが終わったら、みんなで散歩に出るというのはどうだろう。

 この世界は、感じることで出来ている。
 それをみんなで確かめにいくんだ。
 


                「優しい暗闇」 忍編 了


 (オマケ) やさしいくらやみ 忍編 〜そののち〜


「…あのっ、カカシさん?」
「――んー…?」
 もう何日も、言おうか言うまいかと迷い続けていたことを、ようやく口にする覚悟を決めて切り出した。するとベッドに突っ伏していた男がのっそりと頭を上げ、気怠げな低い返事をする。
「…おっ、俺の体って、やっぱりその……物足りないですか?」
「!」
 瞬間、彼の表情にプチ雷切が走ったように見えた。かと思うと裸のままさっと居住まいを正し、なのにこちらには顔を向けないまま、どこか落ち着かない様子で視線を泳がせはじめる。
「――そっ…それは例えば……どういう、ところから…?」
「っ、どういうって…」
 上忍は「どういうところからそう思うのか」と逆に聞き返した格好だが、それを口で言うのは難しい。だから迷っていたのだし。
「…えっ…と、そのっ、なんていうか…、しっ、してる時、あんまり気持ちが入ってないって、いうか、…ぉっ、おざなりって、いうか…」
 言っている端から、自分の顔が赤らみつつも難しくなっていくのがわかる。こんなことを言って恥ずかしいという気持ちと、(なんか違う)という感じ。もしもこのまま進んだら、その先にまた以前のような別れが待っていそうな気もするそれ。
「カカシさん、前は…もっとその…、俺のことちゃんと…、いやじっくりかな、ううんしっかり? 触ってくれてましたよね?」
 ゆっくり、一つ一つ、10本の指先で、二つの手の平で、耳で、鼻で、舌で。それこそ全身でもって、確かめるように。
 するとお互い見えてないはずなのに、彼の気持ちがどんどん伝わってきていた。そんなことってあるだろうか? でもあの時のことは今も強く、はっきりと心に残っている。そのせいで最近の彼と比べてしまっているのだけど、見えているならもっと伝わってきてもいいのでは? と思いはじめると、自然と「飽きた…?」という言葉が浮かんできてしまうのだ。
「やっぱりどこも固いし、同じものじゃつまんないんじゃ…?」
 彼が「どちらも抱ける」というのなら、自分は役不足という気もする。


     * * *


「違う、そんなわけないでしょ! つまんなくなんかない!」
 慌てて否定した。今もお互い気持ち良くなったはずだった。なのに突然何を言い出すのかと混乱して、また別れを切り出されるんじゃないかと心臓が止まりそうになっていた。だがここから挽回しなくては、オレの明日は永遠に来ない。確かに彼とはあの日以来、三日と置かないセックスが続いている。でもだからって、「おざなり」?「気持ち入ってない」?「つまんない」?? そんな言葉がなぜ出てくるのか。飽きるなんて決してあり得ないと断言できるのに、何も伝わってなかったどころかマイナス評価だったことに愕然とする。
 ただ…ただ唯一、それに心当たりがあるとするならば…
「前はって…、もしかしてそれって…見えてない時のオレの方が、良かったって、こと…?」
 すると、目の奥でじっと考えていた男がひとつこくんと頷く。
(…うぅ〜…そう、なんだ…)
 ショック。また駄目な己を目の前に突き付けられていた。
 見えてなかった時のオレは、それでもどうしてもイルカのことを少しでも知りたくて必死だった。でも何も見えないだけに、時として乱暴だと感じた時もあったのではないだろうか。けれど今は、イルカの嫌がりそうなことは最初からしない。なのに当のイルカは、あの頃と今のオレの違いを敏感に察知して、「NO」と言っているのだ。
「ごめんね。あの時のこと、忘れたわけじゃないんだ」
 それどころか、今でもはっきりと覚えている。ただあの時と同じことを今するのは、良くない事だと思っていた。
「『見えてるのにその行為は、乱暴だししつこいし気持ち悪い』って、言われたくなくて…」
 実は内心、今でも自身に言い聞かせているのだ。(あんな目くるめくセックスは、あの見えてない一回きりなんだ。今は見えてるんだから、あんな無茶はもう絶対やっちゃダメだ)と。
 けれどイルカは、心持ち頬を赤らめながらも、よく通る声できっぱり言い切った。
「気持ち悪くなんてないです。あの時は何回も何回も繰り返し撫でて、触って、聞いて、味わって…。俺っていう存在を隅々まで確かめて貰って…、そりゃあめちゃくちゃ恥ずかしかったけど、すごく…すごく嬉しかった。今の方がなんていうか、そのっ…自分じゃなくてもいいんじゃないかって思えて、…ちょっと…寂しい…」
「イルカ…」
 胸が痛い。その痛い部分をイルカで埋めるようにしながら抱き締める。あの時の行為は、目が見えなかったオレを大目にみて「許してくれていた」のだとばかり思っていた。
(でも、そうじゃないってこと、なんでしょ?)
 自分はいまだに臆病で、裸のイルカに半歩踏み込むことすら心のどこかで躊躇っているようなダメな男だ。でも唯一イルカを感じることなら、誰にも負けない自信がある。
(いやいや、全然なかっただろ自信。もっと自信を持てってことなんでしょ)
 イルカも暗にそう言ってくれてるのだ。
 なら一度、「このド変態!」と殴られるまで踏み込んでみるのはどうだろう。


「っ、わかった。じゃあ…じゃあもう一度だけ…、シてもいい…?」
 上忍は相変わらずおずおずとお伺いなど立ててきている。そんなもの早くすっ飛ばして、さっさと全身で俺を感じてくれればいいのに。
(――ああそう、それだよそれ…)
 手指の節の一つ一つ、腹のラインの一本一本。己の輪郭の全てを慈しむようにしながらゆっくりとなぞっていきだした熱い手指と舌に、下腹からぶるりと震える。体の奧深くに刻まれていたその触り方に、自然と中心が熱くなってくる。なんてことはない、自分自身、不安だったのだ。
 本当に、男の俺なんかでいいのかと。
 そんな不安だらけの自分を何度も繰り返し触っては確かめ、じっくりと味わいながら抱いて貰った、あの時の俺の気持ちは、あんたには一生わかるまい。

「…あぁ、いい気持ち…!」
 ゆっくりと時間をかけながら腰を下ろしていき、張り詰めきった男のものが全て自分の中に収まると、驚いたことにそんな言葉が唇から転がり出た。
「ん、オレも」とだけ答えた男の髪の中に、大きく広げた両の手指をさし入れると、俺は誰憚ることなく腹の底から甘い呻きを吐き散らした。


       「やさしいくらやみ 忍編 そののち」 fin




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