「――よしっ、『未経験可』っていうなら、私だっていいってことよね! 要は慣れよっ、やってればそのうち慣れるわよ。迷惑がられるくらいあれこれ聞きまくって、片っ端から慣れまくってやるわ。しゃーんなろーーッ!!」
 店内から見えない所でこっそり気合いを入れて、深呼吸を一度、二度…、そして最後にもう一度。
(店を新しく広くしたから、新規にスタッフを雇うのよね?)
 なら私は、結構いいセンいってるはずよ。
 まだ何色にも染まってない、これ以上真っ白でフレッシュな人材もないわよ。多分。
 いつのまにかきつく握り締めてしまっていた拳を、扉を開けるために開いた。

 そうはいうものの、花屋の店員にどうしてもなりたかったかと言えば、そんなことはない。これまで飲食店のアルバイトを一度だけ、ほんの短期間やったことがあるけれど、その時と同程度のノリといっていい。
 ただ今回は、あの子…山中いのに何とかして肩を並べ、追い越したいという、ただその一念でここに立っている。前回と違うことといえば、それくらいだ。
 幼馴染みの彼女が、最近頻繁に「店に格好イイ男の子が来る」という話をしだしている。それまでは受験ということもあって店を手伝っていなかったらしい彼女が、どうやらここにきてゼミの合間に店に立つようになったらしいのだが、服や化粧や持ち物までが変わって急にキレイになった。
 その人(イケメン)達がこんな花を買っていくとか、こんな心躍る楽しい会話をしたとかいう話を、いつも以上に瞳を輝かせた彼女から聞かされているうち、次第に「それくらいなら私だって!」と思うようになっていた。だから職種は、必ずしも同じ花屋でなくとも良かった。ただ今回は、お洒落な店じゃなくちゃいけない気はしている。むしろ今となっては、そこだけは譲れない大事なポイントのように思えてならない。
 アルバイト先なら、丁度探していたところだった。両親は…特に父親は、「小遣いが足りないなら、父さんのへそくりから少しなら増やしてあげられるから。とにかくお前はアルバイトなんてしないでいいんだよ」と言ってくれている。けれど気兼ねをしながら使うくらいなら、自分で稼いだ方がよっぽど気楽でいい。
 お洒落に、外食に、自分磨きに。忙しい女子大生は何かと要りようだが、この店はそれら全てを満たしてくれそうな気もしている。この距離なら、いのの店からも近い。近いどころか目と鼻の先だ。さっき張り紙を見た瞬間から何としても雇われたくて、コンビニで履歴書を買い、その勢いで写真を撮って記入を済ませてきていた。
(どうかまだ、誰にも決まってませんように!)
 ただ一点、少し気掛かり…というか心配していることがある。この店のスタッフとの相性だ。先日辞めたばかりの飲食店では、余りにも店長が優柔不断で頼りなさ過ぎて、仕事の間中イライラしっぱなしだった。『上がダメだと、下が幾ら頑張っても場は良くなっていかない』という話はどこかで耳にはしていたが、こういうことだったかと思った。実際周囲もやる気の無い人達ばかり。出勤するのが億劫で、毎回辛かった。結局もどかしさばかりが募る日々に、耐えきれなくなって辞めていたが、果たしてこの店はどうだろうか。以前から店の前を通りかかるたび、店内で男性店員が作業をしている姿は見えていたが、ただ真面目なだけじゃ私は認めない。
(だって、いのとの勝負がかかってるんだもの)
 面接如何では、こっちからお断りさせて貰うっていう選択肢もアリだと思っている。
 そうよ、私はもう後悔しないって、決めたんだから。


     * * *


「――はぁ。あぁ、あれね? いや、まだ決まってないけど。アンタ年幾つ? ――あそ、19…? ん〜ん〜〜そうねぇ〜…。まっ、じゃちょっとそこにでも掛けててくれる?」
 初めて間近で見た「その人」は、何だかちょっとぼんやりとしていていて、掴めないタイプの人だった。私のことを高校生とでも思ったのだろうか? 年齢を聞いてもどこかピンときてないようで、自らスタッフ募集したはずなのに、一体何を考えているのかよくわからない。
(えぇーこっちはちゃんと挨拶してるのに、挨拶も、自己紹介もなし〜?)
 てっきり彼が店長なのかと思っていたけど、違うのだろうか。
 ただ結構な長身のイケメンで、それについてはちょっとした驚きだった。
(まぁ確かに、モデルっぽいけど)
 いのはこの人のこと、知っているのだろうか? あぁでも知ってたならとっくに話題に上ってるわよね。同業者といっても、ライバル店の認識とはその程度なのかもしれない。それにだいぶ年上みたいだし、思わず二度見してしまうような目鼻立ちをしている割には、ぼそぼそぼやーっとしてるから、私はぜーんぜん全く、これっぽっちも好みじゃない。けど、毎日顔を合わせることを考えれば、ブサメンよりは遙かにマシよね。
 で、その人はというと、面接に来た私をレジ近くにあったスツールに座らせたまま、さっきからずっと奥のカフェで男の人と話をしている。ひょっとするとそっちの人が店長なのかもしれないけど、どうやら忙しい時に来てしまったらしい。『新装開店につきスタッフ募集』とあり、まだ開店準備をしている段階ならいつ面接に行ってもいいだろうと思ったのだが、そのぼそぼそとした話し合いはいつ終わるのだろう。遠くて切れ切れにしか聞こえないせいで、なんの参考にもならない。
(あぁんもうーーヒマぁ〜)
 だからといって、ここでスマホをいじりだすのはNGだろう。そのくらいはわかる。
(あ、でも確かに椅子に座れとは言ったけど、そのままずっと座っていろとは言わなかったわよね?)
 なら面接前に店の下調べをさせて貰っても、ダメってことはないだろう。ちょっと興味あるし。
(よーしっ、敵状偵察開始よっ)
 注意されたら戻ればいいのだ。
 私、上の言うことをただ笑顔で聞いて動くだけのイイ子でいるのは、もうやめたの。


(――へぇー、結構細かいところまで気を配ってんのね…)
 これまで花屋で生花や鉢物を買ったことがなく、改装前の店にも通り過ぎるばかりで入ったことはなかった。けれど置いてある商品やディスプレイには、素人目にも店側のセンスとこだわりが随所に感じられる。同じ花屋でも、いのの所とは明らかに違うタイプの店だ。すっごくお洒落だけれど、新しいだけの店でもない、新鮮な面白味や独特の落ち着きがある。
(へぇ…。この店、かなりいけてるんじゃ…?)
 ふと気がつくと、商品に添えられた説明書きを夢中になって読んでいる自分に気がついて、俄然店に対する興味が湧いてきていた。花に対して、これまでは「かわいい」、「きれい」と思うことはあっても、それ以上にも以下にもならなかった。けれど今は、もっと広く、もっと深く植物のことを知りたくなっている。この店なら、知ることが出来そう。
(それに加えて雑貨と、カフェも学べるなんて〜)
 改めて店内をぐるりと見渡すと、さっきとは比べ物にならないくらいやる気が湧き上がっている。いの、待ってなさいよ〜、きっとあんたに肩を並べてみせるんだから!
(ぁ…でも私って、この店に釣り合ってる…?)
 唐突にそこに思い至ると、なぜか急に自信がなくなってきていた。もしかしてさっき彼が気にしていたのは、そこだったりして?
(この店に置くには子供っぽ過ぎるとか、言わないでよ〜)
 レディの年齢は、必ずしも顔や胸のサイズとは比例しないのだ。そんなところで判断して貰っては困る。もしやってたらグーで殴ってやる…はダメか。そこは我慢して、極力お淑やかにしてないと。
 この際だ、ハッタリでもいい。思いっきり背伸びしてでも雇って貰わなくちゃ!
(よーし、もう一回!)
 しゃーーんなろーーーっ!!


「どう、一通り見て。何となく店の感じ、わかったー?」
「ぇっ?!」
 カフェのカウンターで話し込んでいたはずのイケメンが、いつの間にかこちらを見ていてどきりとする。どうやらだいぶ前からチェックされていたらしいが、こっちを見ている雰囲気が何だか真っ直ぐで、さっきまでのあのぼんやりざっくりした感じとは何となく違っていて焦る。
「ぁっ…と、はいっ!」
「そ、良かった」
 するとその銀髪の人は、アンティーク調の木の床をコツコツと鳴らしながらゆっくりと歩いてきたかと思うと、「レジって、使ったことある?」と聞いた。


(――ふうぅ…、なんとか切り抜けた…!)
 今しがた、「レジは使ったことあるし、お金計算も大得意!」と、履歴所を見せながら、如何にも自信ありげに言いきったところだ。本当は前のバイトではどっちもやらせて貰ったことがないから、レジ関係は触ったこともない。だけど、誰だって何にだって最初はあるもの。雇われたなら、好き嫌いせずに片っ端から覚えていけばいい。幸い覚えについては、少しは自信ある。
「花については? 少しは知識ある?」
「っ、えー…と…、まぁ…?」
 でも、こういった予備知識についてはゼロだ。この場でチューリップとか、ヒマワリなどと応えるのは賢明でない気がする。それでもいのと肩を並べたい。無茶は承知だ。
(なら、やるしか!)
 そこで、さっき店内で見ていた花の名前や特徴、値段などを、片端から並べてみせることにする。それが身についている知識ではないことは重々わかっているけど、少なくともこれから幾らでも覚えられる人材だってことはアピールしとかなくちゃ。もう必死。

「――あと…カンゾウは、オレンジ色の花が咲くユリ科の多年草。花期は七〜八月で、八重と一重の花があり、新芽や花は料理に使ったりもします。カンゾウの「萱」の字には「忘れる」という意味があって、「愁いを忘れる花」といわれていますね。花言葉は「宣告」「媚をもてあそぶ」…あと…あぁそう、「愛の忘却」だ」
(…ってあちゃー…、二人して顔見合わせてるし…)
 今しがた、延々そこまで列挙して一息ついたところ、店長が店の奥のカフェカウンターの中でこちらを見ていた男の人と顔を見合わせていて、(もしかして、やっちゃった…?)と縮み上がりそうになる。落ち着けサクラ。アンタはこういう時、すぐにビビッて自信をなくすからいけないのよ。自身満々のフリするんなら、最後まで押し通さなきゃ意味ないんだからね!
「…あぁハイありがと。んーー…そーねぇ…。じゃこれはあんまり関係ないことだけど、最後に一応、志望動機とか? あるなら聞いておこうか」
(ええぇ〜あんまり関係ないってなにそれ〜!)
 他でもない、志望動機についてだけは、予めあれやこれやとヤマを張ってウケのいいそれらしい言葉を用意していた。それこそ唯一無二のアピールポイントだっただけに、内心ガッカリする。
(しかも、何言ってもリアクションないし…)
 掴めないったらない。
(違うか。これはぜんぜん、響いてないってことよね…)
 自分には、若さと覚えと健康がある。なら少しはいけてるはず、などと思っていた期待が、ものの見事に覆されていた。勢いだけで冷静さの欠片もなかった薄っぺらな自分が、急に恥ずかしくなってくる。
(あぁもうっ! こうなったらヤケよっ!)
「やっ、ヤマナカフローリストの、山中いのに追いつきたいんです! 負けたくない!」
「? ヤマナカって、あの三区画向こうの?」
 それでも特に驚いた風も見せない男に、(こうなったら何でも言ってやる!)という気になる。は? イケメン? お洒落? どうでもいい。いま良い子の台本を、心の床に叩きつけたんだから。
「ええ。幼馴染みだけど、最近急にきれいになって、どんどん私の先を歩いて行くんです。だから『このままじゃイヤって思いながら、何も出来ずにただじっと見てるだけの私』とは、今日限りで終わりにしたい。指をくわえて眺めていることしかできないような自分とは、永久にさよならしたいんです。私はもっとずっといい女になって、いのを見返したい! あっといわせたい!」

「――了解。言いたいことはよくわかった」
 しんと静まりかえった店内に、店長の落ち着いた低い声が響いて、はっと我に返った。
(っはあぁーー…、やっちゃったー)
 面接中にもかかわらず、大溜息。
 まぁそれでも、よしとすべきなのかもしれない。初めて人前で良い子を捨てられたんだから。なんだかすっきりした。
(タイミングは、良くなかったけどね)
 その証拠に、店長はついっと踵を返したかと思うと、その場を離れて外に出て行ってしまった。相当呆れられたらしい。
「えっと…、じゃあ私はその、これで…」
 暫くして入ってきた男に、小さくなりながら辞去の挨拶をする。
「で? いつから来れる?」
「ハっ?」
「まだ準備中だけど、オープンしたら暫くはなるべく詰めて来て欲しいんだけど」
「――はっ? …えっ?!」
 縮こまったまま、思わずきょろきょろと意味もなく周囲を見渡してみる。が、その程度で冷静になれるわけもなく。
(ゃっ、うそっ? これって、もしかして…?)
 不安と期待に爆発しそうになりながら、目の前の男を見る。と、その手にさっき表で見たスタッフ募集の張り紙が握られているのが目に留まった。
(さっ……)
 さい、よう?



     * * *



「いらっしゃいませー。喫茶のご利用ですか? …申し訳ありません、ただいま満席で。はい、30分程度は。…ありがとうございます。ではお名前を頂けますでしょうか…ぁはい、メニューでしたね、お待ち下さい…すみません、お花のお会計はあちらになります…ご注文は、エスプレッソとダージリンと…」
 …………
 ……
 

「…っ、はあぁーー…!」
 控え室の扉を後ろ手に閉めるや、パイプ椅子に向かって倒れ込むようにして尻を乗せる。
(ちょっと…なんなのよこの忙しさ…信じられない…)
 まだ開店二日目だというのに、平日にもかかわらずお客が引きも切らないでいる。確かに表の植栽などはお洒落で、すごくいい雰囲気になったとは思うけれど、店長は「特に広告は打ってない」という。それでも道行く人は、皆ちゃんとその辺をチェックしていて、再オープンを待っていたらしい。お陰でカフェの接客についてはもちろん、懸案だったレジ仕事についても、ほぼ一日で完全にマスターすることになったのだが。
(普の忙しさじゃないわよ…)
 これでもカフェのほうは席さえ埋まってしまえばまだマシで、グリーンの方はもっと大変なことになっている。でも「最初は簡単なカフェの方から覚えてね」と言われていて、花卉のほうは全く習っていない。手伝いたくても、どうしていいかわからない。
(もぉ〜店長〜、いきなり倒れたりしないで下さいよー?!)
 開店数日で私の仕事を取り上げたりしたら、承知しないんだから。
 昼食とは名ばかりのコンビニ夕食を、ぐいぐい頬ばった。
 
 何がどう転がったのかよくわからないけど、この店にアルバイトとして採用になっている。
 そうとわかった時は一頻り、「いゃったーーっ!! 見てなさいよいのぶたっ、しゃーんなろーー!」と大騒ぎして、見ていた二人に冷静に苦笑いされたけど、今更格好つけたって意味ないんだから好きにさせて欲しい。
(って、今じゃそんなヒマすらないわよ…)
 それどころか、おしゃれも自分磨きも、まともな食事すらどこいった、の状態だ。カカシ店長は、「大丈夫。梅雨に入ったら、あっさり引いてくでしょ」とのことだが、ぜんっぜん信じられない。雨が降ってきたら、こういう洒落た所で休みたいと思うのが普通の感覚じゃないだろうか。
(にしても、まさかの展開よね…)
 きっとそこそこ暇な、優雅なバイトだと思っていた、私ってバカ。
(…ぁ、バカでまた思い出しちゃった)
 面接に行った日の、私のあの志望動機発言。思い出すだに恥ずかしくなる。けど、冷静になればなるほど、気になりだしていることがある。
 あの時の発言は目茶苦茶もいいところで、子供っぽさ丸出しの、到底面接ウケなんてするはずもない、至極身勝手な内容だったはずだ。なのに黙ってその言い草を聞いていた彼は、「よくわかった」と言って何度も小さく頷いていた。
(うーーん…???)
 鮭おにぎりを口一杯頬ばったまま、暫し黙考。
 そこって花屋の店長として、そんなに理解示すようなところ?



「実は…前にやってたアルバイトって、店長についていけなくて辞めたんです、私」
 開店初日だった昨夜。くたくたになって店じまいをしていたところ、思いもよらずそんな言葉が唇から転がり出たことが、つらつらと思い出される。
「――そう」
 そんな唐突すぎる学生バイトを前にしても、カカシ店長は翌日に向けた花卉の下ごしらえの手を止めることなく、素っ気ない返事をしていた。けど芯から疲れ切っていた自分には、いっそそのほうが楽なくらいだった。
「その人、自分一人では何も決められなくて。お陰で下のスタッフ達はみんな苛々してるか、逆に我関せずの完全無視かで」
 この店に雇って貰えたことで安心したわけでもないのだろうけど、そんな過ぎた話が止められないでいる自分もどうしたものか。
「――だろうね?」
「でも、辞めたらきっとすっきりすると思ってたけど、なんでかな、今でもずっと、そのことが引っかかってて」
 よりにもよって、こんな時にこんなところで、自分は何を言いだしているんだろう。そんなこと、いま疲れに任せてぶっちゃけたところで、マイナス評価になることはあっても、プラスになることなんて何もないのにやめられない。
「それは…、辞めたんじゃなくて――諦めたからじゃ?」
(ぁ…)
 顔を上げると、目だけこちらを向けている男と視線が合った。でもそれで十分だ。
「はい! 確かに、そうかもしれないです」


(――うーん、やっぱあの人って…)
 あの、なに考えてるんだかわかんない、得体の知れない店長って。
 あぁ見えても、実はめちゃくちゃデキる人なんだろう。でなきゃ、店がこんなに賑わうわけがない。
(ううん、違った。違わないけど、そうじゃなく)
 二個目のおにぎりを、お茶と一緒に流し込む。
(ただひたすらに、やれる人なんだ)
 周囲を手早く片づけながら思った。


     * * *


(――ふう…、やっぱ20分やそこらじゃ、暇になってるわけないわよねぇ…)
 スタッフルームから出てきてフロアを見た途端、出そうになる溜息を呑み込んだ。むしろ自分が居なかったせいで、混雑が酷くなっている。イッパイイッパイな様子のヤマトさんが、目だけで一生懸命フォローを訴えている。まさかこの店がここまでの人気店とは思ってもみなかったけど、一言も愚痴をこぼさず、音を上げる様子もなく、ひたすら黙々と働いている男二人には、心密かに感心している。
(特に、店長にはね)
 花卉の方を見ていると、大抵の客は何にするか迷っているらしく、なかなか決められないでいるようだった。というか、どこか店長との一対一の会話を楽しむために来ていて、あれこれ好き勝手なことを喋っているだけのような…?
(だって、改装前の店での思い出話なんて、今いらなくない?! もうっ、早くしてよね!)
 面接の際の自分勝手な発言は遙か彼方の棚に上げて、頭の中で鼻息荒く両腕を組む。
 彼女らが放つ淡い色の付いた空気には、すぐにピンときていた。だって同性だもの、気付かないわけがない。しかもそんな客ばかりが連続して続いていて、この店、こんな呑気なことをしていて大丈夫なのかと思ってしまう。
(私なら、もっと早く終わらせられるのに!)
 そんなことを思い始めると、もうじっとしていられない。カフェの方にも気を配りつつ、ついには迷惑承知でどんどん接客に付きだした。わからないことがあれば、店長に声を掛ければいいのだ。

 最初にここに面接に来た、あの日。
 もしもハイセンスな店構えと、取っつきにくそうな雰囲気の店長に気圧されて、言われたとおり、与えられた椅子にただ座り続けて、控え目な良い子を演じ続けていたなら。
 きっと今も、あちこちの店先を面接で渡り歩いていたことだろう。
(いいサクラ? そのしんどさから比べたら、今は天国よ!)
 念じながら、今日一番の笑顔を作った。




            「待つ間も花・番外 サクラ編」 了


         TOP   文書庫   >>