抜いてナンボ




「なあなぁ〜、バァちゃんなら知ってるだろそれくらい〜。ケチケチしねぇで教えてくれってば〜」
「知らん! んなもの時期が来れば嫌でも生えるッ!」
 火影がぴしゃりと言い切ると、先程から執務机にへばりついていた金髪の少年が、「だーかーらーー、それが生えねぇから言ってんだってばよ〜」とむくれる。

 早朝から飽きる様子もなくお天道様が熱波を注ぎ続け、蝉の声が耳を劈く午後一時。
(ったく…)
 このクソ暑い最中、よりにもよって野郎の毛の話など聞きたくもないというのに、子供の要らぬ色気に付き合わされて眉間に皺が寄る。
「お前んとこの師匠だって生えとらんだろうが。あァ?」
 このくらいの年頃のガキは、無駄に背伸びをしたがって始末が悪い。執務室での静かな昼寝タイムを邪魔された不機嫌さから、至極いい加減な調子で投げ返す。
「カカシ先生かぁ? んなの顔から体から手の先まで殆ど隠してんだから、わかるわけねぇってば」
 だが少年の話によると、はたけカカシは日頃から顔を隠しているために、巷では『ヤギみたいなヒゲだった』とか、『カトチャンペだった』とか、『黒い口布から、サボテンみたいに白く飛び出しているのを見た』とか、挙げ句の果てには『実は全身ボーボーだから、術で毛だけを異空間に飛ばしてツルツルにしているらしい』とか、色んな噂が飛び交っているのだという。
(フン)
 と、いうことは、だ。
 この里はかなりヒマを持て余しているらしいから、今後は五割増しでこき使っていいということだ。ハッ、めでたしめでたし。
「オレも早く大人になりてぇってばよー。あ〜でもサクラちゃんは『毛なんて大ッキライ!』っていうから、悩みどころなんだけどなぁ〜」
(ふん、せいぜい悩むがいいさ)
 この毛もろくに生え揃わんようなちんちくりんが。
 まぁ自来也なんざ、お前の年頃にはもう「恥毛取材」などとぬかして片端から女風呂を覗いて回ってたんだから、まだ可愛いもんだがな。
 だが真夏の太陽並みに元気すぎる少年の勢いが、そんなことで鎮められるわけもなく。
「なぁ、オレってなんで毛が生えてこねぇんだ? オレも早くオトナになりてぇってばー」
「あぁっ、うるさい! んなもの、この先いくらきれいに生え揃ったところで、必ずしも強くなれるとは限らんだろうが! なら今すぐは無くたって良かろう? 違うか?」
 火影という大役を引き受けたはいいが、まさかこんな下らない説教まですることになるとは思ってもみなかった。
「うぅ…でもよ、でもよ! ――サスケは……アイツはもうっ…――生えてるんだってば!」
「っ?! ばっ、馬鹿者ッ! んな下らないことで張り合うヤツがあるかっ!」
 先頃里抜けしたうちはの名前が出たことで、ついうっかり真剣に耳を傾けてしまっていたが、不意打ちもいいところだ。この四代目の忘れ形見、色んな意味で意外性のカタマリで、相手をするのも一苦労だ。
「あぁもう〜〜わかったわかった。ったく…、じゃあ…そうだな、いい感じに『毛の生える』話をしてやる」
「ええー、ハナシ〜? 術とか、薬じゃなくてか〜?」
(毛生え術? そんなもの、例えあったところでお前の役になど立つものか)
 内心で一つふんと笑いながら、大真面目な顔付きで椅子に座り直す。小僧の顔を見ているうちに、先日耳にしたちょっと興味深い話を思い出していた。こやつがどこまで理解できるかは分からんが、たまにはそういうのも悪くないだろう。
「ああ。この話は聞くだけで効果絶大だ。保証する」
「へえ〜へえぇ〜〜! よし、わかったってばよ! 早く早くぅ〜!」
 この少年、呆れるほどバカだが、笑ってしまうほど前向きで助かる。
 みるみるうちにキラキラと輝きだした青い瞳の奥を、じっと見つめた。



   * * *



「――以前、国境線沿いの山あいの村で、不審な爆発が相次いだことがあってな。そこにはたけカカシ以下数名が、敵忍捕縛と爆発物処理のために向かったことがあったのだ」
「ばくはつ? 起爆札かぁ?」
「起爆札も中にはあったと聞いている。だが相手は爆発物の製造や扱いに異常なほど長けた、いわゆる爆弾マニアでな。それぞれ解除の方法が違う何十種類もの時限付き爆破装置を、たった一人で村の各所に仕掛けて回っていたのだ」
 当時、金の要求もなければ犯行声明の一つもなかったそれは、当人の純粋な自己顕示欲だったとの見方が強いが、やられた方はたまったものではない。
「げぇーなんだそれ、ひっでぇな。それってよ、『オレが仕掛けたやつ、全部解除できるもんならやってみろ』ってことか?」
「そういうことだ。だがマズイことに、それを仕掛けた敵忍本人を見つけはしたものの、生きて捕らえることが出来ずに交戦の最中に自死させてしまってな。後には設置場所も解除方法も分からん、大量の時限爆弾だけが大量に残ってしまったのだ。要するにその瞬間、全てはヤツの描いた筋書き通りになったというわけさ」
 金髪の少年の細い喉が、こくりと小さく鳴っている。
「そこからだよ。――カカシ達の長い一日が始まったのは」



   * * *



 ズン、という背骨に響くような地響きとほぼ同時に、大きな爆発音が鼓膜を震わせると。
「…ッ、すみませんカカシさん、西の物置小屋の解除…失敗しました」
 すぐ隣で息を詰めて作業の様子を見守っていたイルカが、悔しさを滲ませながら報告する。
「わかった。引き続き他の場所の解除を進めながら、このタイプの解体の手順を見て、覚えて。もし気がついたことがあったら何でもいい、すぐに教えて」
「はい!」
 刻々と悪化していく状況に、カカシは片方だけ閉じた目の奥で、今にも出そうになる溜息をぐっと呑み込む。
 今の様子からすると、物置小屋にいたイルカの影分身は、爆発に巻き込まれて消えてしまったのだろう。すでに二人合わせて100体以上の影分身を失っているというのに、いまだに爆発物の解除に成功したところは殆どない。それだけ個々の作りが複雑で解除が難しいということなのだが、それでも村民の生活の場所をこれ以上破壊したくないという一念で、もう何時間もの間影分身を使った爆発物の解体を試みていた。
 最初の頃は、まだ心のどこかで楽観視していた部分があった。爆発物を探し出すところまでは、忍犬たちをフルに使うことで、比較的容易に進めることが出来ていたからだ。
 だが問題はそこからだった。仕掛けられていた爆発物は、どれも怖ろしく変化に富んで複雑かつ巧妙にできており、一つ一つの作りを慎重に調べないまま不用意に触ったり動かしたりすると、その瞬間爆発するものが続出。他にも大きな建造物に埋め込まれていて、倒壊の危険を抱えながらその場で解除するしかないものや、運良く建物から外せて人里離れた山中まで持って行こうとしても、タイマーの解除方法が分からずに、結局途中で爆発してしまうものばかりで、状況は一向に好転していかない。
「他の四人は?」
「はい、ホタルはリキとシンの手当を続けていますが、容態は思わしくないようです。ショウはもう影分身が発動できないとのことで、爆発物の運び出し作業から、建物内に村人が残っていないかを確認して誘導する作業に変えています」
「そうか、わかった」
 山あいの村で爆発が頻発しているとの情報から、爆発物処理に長けた者を二名連れてきていた。なのにあろうことか、その二名ともが爆弾魔との戦闘で重症を負ってしまい、現在治療中だ。もちろんすぐに救援を知らせる伝鳥を飛ばしはしたが、増援の到着を待っていては、村内に仕掛けられている時限式の発火装置は一つ残らず発動してしまう。
 どのみち爆発物は、ここにいる者達だけで処理しなくてはならないのだった。とはいえ、もうすでに下忍の者は元より、自分もイルカも出せる影分身のほぼ全てを爆発で失ってしまっている。それでも尚、二人の影分身の数より爆発物の数のほうが上回っているため、これ以上影分身を失うわけにはいかない。この先一つでも多く解除していかなければ、時間切れになる前に白旗を上げることになってしまうだろう。
 と、その時。
「…ッ?!」
 己の影分身が、強烈な爆風に吹き飛ばされて消えた嫌な感覚がしたかと思うと、ほぼ同時に高い爆発音が一帯に鳴り響き、一帯を容赦なく揺さぶった。まただ。また解除に失敗していた。
「…北の鳥居も、ダメだった」
 ここは村民の心のよりどころだったはずだ。何としても死守したかっただけに悔やまれる。
「? イルカ…? イルカ、大丈夫?」
 だがそれに答えることなく、額に手をやったまま動かないでいる隣の男に気付いて声を掛ける。
「ぁ……? はっ、はい!」
 肩を軽く揺すると、ようやくハッとした様子で顔を上げている。汗と爆風による砂埃で散々に汚れていてわかりにくいが、顔色は良くない。
 今、彼の本体がどこにいるのかは知らないが、影分身がこれほど弱ってきているということは、分身を繰り返しているはずの当人も相当消耗してきているということだ。実体のある影分身の術はチャクラの消費が激しく、大きなリスクを伴う。
 同じことを倍のペースで続けている自分もまた同様で、今の数体を維持しているだけで手一杯の状態だ。
 二人とも急速に疲労の色が濃くなってきている。それを嘲笑うかのように、残された時間は今こうしている間にも刻一刻と目減りし続けている。でもだからといって、今ここで自分が投げ出してしまったら、全てはその瞬間終わってしまうのだ。
「イルカ、今の爆発でまた少しこのタイプの解除の仕方がわかったよ。いい、よく見てて? この信管の抜き方はね、いきなりネジを外すんじゃなくて、まず最初に黒と緑の線だけを切るんだ。先に黒、次に緑の順ね。そうしてネジを左回りに外していくけど、まだカバーは外しちゃダメ。先にこの赤い線だ。左から十七本目のを切ってからカバーを外すと……ホラ、ね」
「ホントだ! わかりました。他の影に伝えます!」
 言うや、すぐさま踵を返して表通りへと駆け出していく。
(イルカ、あともう少しだ…がんばれ…!)

 我々の密な連携と、総員で振り絞っているチャクラ量が勝つか。
 敵が執念深く仕掛けた爆発物の数と、執拗なまでの複雑な作りがそれを上回るか。

(…頼む、間に合ってくれ…!)






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