「…ッ…?!」
 一際大きな振動と爆発音が、すっかり陽の落ちた谷あいに轟々と響き渡り、今まさに剥き出しの信管に触れようとしていた指先が、びくんと震えて止まった。
「なっ…?! ――カカシさんの、…方ですか?」
「…あぁ。とりあえず外して動かせるものを全て一か所に集めて、一つでも解除してから地面に埋めようとしてたんだが…。一つも解除のノウハウを得られないまま、全部誘爆させてしまった」
 怖ろしく複雑ではあるものの、ある一定の法則に従って作られているとばかり思っていた爆発物の中に、作者の気紛れとしか言いようのない引っ掛けの配線が施されていたものがあり、たまたまそれを手に取ってしまっていた。
(よくよく、ついてないな…)
 これまで6人全員で、ありったけのリスクを差し出してきたはずが、それらが何の意味もなさないものが紛れているという事実に、もはや溜息すら出ない。
(くそッ…!)
 村の外れにある広大なダム湖の一角で、下ろした額当てに手をやったまま、瞼の内側で悪態をつく。
 爆発物は、村の外れにある深い谷を利用して作られたこの巨大なダム湖の壁にも、当然のように仕掛けられていた。恐らくはこれが、爆弾犯の最後にして最大の挑戦状――のつもりなのだろう。もしこれが爆発したならば、下流域の村々は一瞬にして潰滅してしまう。それだけは是が非でも阻止するのだと、ひとまず解除を一番後回しにして時計と睨み合いをしながら、これまでひたすら解体のノウハウの積み重ねを続けていたというのに。
(無意味、だったのか…)
 左目がこれほどまでに役に立たない任務が、かつてあっただろうか。写輪眼を封じられた素の自分の無力さに、きつく唇を噛む。
「…やっぱり、この場ではどうにも対処出来ない、自分の手に負えないものを、全く別の次元に飛ばすような術って、必要だーね」
「ぇっ? まさか、そんな術が…?」
「あぁいや、まだ残念ながら。……フッ、でももしも、次なんてものがあったら、是が非でも会得しておくよ」
 気がついたときには弱音を吐いてしまっていた。どうしても吐き出すことを止められなかった。が、すぐに片時も自分の側を離れることなく頑張っていたイルカに悪いことをしたと、謝ろうとした時だった。
「次なら、必ずあります」
(え…)
 落ち着いた声音に顔を上げると、相変わらず目縁のくっきりとした瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「俺もその術、楽しみにしてますよ」
 普段から明るいが、この土壇場の状況が読めない男ではない。なのにそんなことをおくびにも出さないその微笑みは、一体どこからくるのだろう。敵わないな、と思う。
「――ん…ありがと」
 一度はやると決めたのに、諦めかけていた。いつの間にか左目にばかり頼っていた弱腰上忍こそ、今この瞬間に爆破だ。
「法則通りでない配線のものが中にあると分かったことだって、大事な収穫のうちですよ」
「あぁ。そうだな」
 二十数時間にも及ぶ格闘の末、他の爆発物は全て二人の影分身と共に消えている。そうして手元に残ったのは、膨大な量の解除の手順の記憶と、立ち上がるのも億劫なほどにまで疲弊しきったオレとイルカの本体、そしてダムの壁に埋め込まれた超特大の爆弾一つだけになっていた。
 さっきからイルカと二人でその爆発物のカバーを外し、一つ一つ脳裏に刻んだ順に配線を切っているところだ。その間も取り付けられている時計の秒針は正確に時を刻み続け、止まる気配はない。
(――残り、7分か…)
 今し方の誘爆でまた少し時間をロスしてしまったが、記憶が正しければあと二行程の所まできている。残る作業は、数百本の中から目星を付けている赤い配線を一本切り、決して振動させないようにしながらゆっくりと信管を抜き取るだけだ。
「イルカ、ここはもう大丈夫だ。そろそろホタル達と合流し…」
「まだだ! まだ時間はあります! あともう少しだ、この配線のどっちかを切って信管を抜けば…! カカシさんはこの後の指揮がある。俺がやります!」
 身を乗り出すようなイルカの言葉に、ゆっくりと首を振る。
「ダメだ。もし配線がさっきみたいなトラップだったらどうする? 頑張れば歩けるんだ。今すぐ皆と合流しろ。これは上忍命令だ。チームワークを乱すな」
「嫌だ、無視します! あいつらにも、里にも、あなたが必要だ。カカシさんだって歩けるじゃないですか。チームワークを言うなら、俺のほうが余程正論ですよ?」
 中忍の態度は思っていた以上に頑なで、もっと早くから説得していればと歯噛みする。が、ここは何としても退いて貰わねば、作業が進められない。
「イルカ、こんな所で我が儘を言うんじゃない。落ち着くんだ、後で必ず会える。心配しなくていい」
「なら俺がやったって構わないわけでしょう? カカシさんこそ言ってることがおかしいですよ」
「イルカっ!」
「無駄です。聞きません」
 邪魔です、早く行って下さいと、イルカがカカシを押しのけるように手を伸ばしてきた時だった。
「     」
 口布を下ろした上忍が、イルカの耳元でごく短く何事かを囁いた。
「…っ――そんなのっ……そんなの……ききませんよ…っ!」
 途端、ずっと毅然としていた意志の強そうな横顔が、みるみるうちにくしゃくしゃと歪んで複雑なものに変わっていく様を、上忍は黙って見つめた。



   * * *



「その時のカカシの報告書によると、二人とも完全にチャクラが切れてその場から動けなかったために、最後はイルカが配線を切り、カカシが信管を抜いたそうだ」
「それでそれでっ?! その爆弾は、どうなったんだってばよっ?!」
「バカかお前はッ! さっきまでその二人と一緒だったんだから、爆発しなかったに決まっとろうが!」
 目の前の少年が、鼻の穴を膨らませながら勢い込んでたずねてきて、これは言うなと身構えていたのに力が抜ける。
「ったく…。わかったか! 結局はアソコに毛が生えてるヤツが一番強いってことさ」
 その言葉を、少年がどう解釈したかは知らない。だが。
「う〜ん……でもよォ、なんでわざわざ二人だったんだ? 影分身もだせなくて、爆発するかもしれねぇんならよ、どっちかが一人でやった方がぜってぇ良かったんじゃねぇの? カカシ先生もイルカ先生も、本当にそんなこと許すかなぁ?」
(ふ、なるほど)
 この小僧、そういうところには気付くのだな、と少し見直す。
 実は自分も、あの男が洗いざらい本当のことを報告したとは思っていない。そもそも報告書には、当時の会話も表情も記されてはいないのだ。そこに記されていない全ては、彼らが墓まで持っていくのだろう。
「そうだな…。――二人一緒ならそれもいいと、思ったのかもしれないな」
「へ? それって……どういう意味だってば?」
「ッ、さぁな! …あぁもううるさい! ガキはさっさと帰って寝な! そうすりゃ毛くらい幾らでも生えてくるっ!」
「えええ〜?! うっそだあぁ〜〜!」



   * * *



「――ィたッ?! ちょっと、なにすんですかっ?!」
 左胸を押さえながらベッドから跳ね起きると、一拍遅れて銀髪男がのっそりと頭を上げる。
「ん〜〜?」
(んーじゃねぇだろ! 思いっきり噛み付いといて!)
 思わずキッと睨んだ。いま本気で眠かったのに! ふわふわしてかなり気持ちよかったのに!
 今夜はお互いもう十分に満足して、あとはこのまま、とろとろと甘い眠りにつくだけ…という時だった。
 それでもまだしつこく首筋やら肩口やらに盛んに唇を押し付けていた男が、さっきから左胸の一点を熱心に舐めはじめていて、「カカシさん、もう寝ましょうよ…。そんなとこ、くすぐったくもないですよ…」と半ば夢うつつで呟いた直後、いきなり胸先に走った鋭い痛みに飛び起きていた。
 目の前の男が全裸のままヘラリと笑ったかと思うと、口から何かつまみ出してこちらに見せている。ん? なんだ?
「え〜? なにってー……信管抜いてみたってゆーか?」
「ハ?」
 信管…?
 けれど、白い指先にちょこんとつままれている、黒くて細短いそれは……もしや…?
「ふふっ、わかった〜? やっぱこっちの信管は、多少なりとも反応があったほうが楽しいやね〜」
「――ッ…!」
(……こんのォォォ…!!)
 低俗エロ上忍があああ!!!
「そんなに爆発して欲しいんなら、やったろうじゃねーかッ!」
 一声吠えた中忍が、カッと熱くなりだした顔を伏せたまま、猛然とドルフィン固めをかけに飛びかかっていく。
「待てゴラァァ!!」
「ィヤ〜〜ん! こないだ任務で信管抜いた時は、あんなに優しく何度もキスして、ぎゅうって抱き締めてくれたのに〜!」
「だぁぁぁーーっ!言うなーーーっ!!」
 枕で顔を隠すようにした男が、部屋中をきゃっきゃと逃げ回る全裸男を追いかけ回す。
(次の信管が生えてくるのはいつ頃かな〜)と、早くも心待ちにしている上忍が、今しがたの恋人のリアクションを見たせいで、あと3ラウンドの追加を決めたことなど、露ほども知らずに。





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