また今年もこの時期がやってきた。
 『忍者アカデミー、一般公開』の日。
 里に住む一般人に向けて、日頃の協力に感謝すると共に、忍に対しての理解をより深めてもらうための、「忍と一般人の交流の日」だ。この里に住む、全ての者達を愛する三代目火影の発案で始まった、里を上げての大規模な親睦会である。
 内容としてはまず第一に、普段どんな所で忍達が活動をし、日々民を守る礎を築いているのかを広く里の人々に知ってもらうため、普段は門戸を閉ざしているアカデミーの、大半の施設を一般人に公開する。
 また、忍に対するイメージの向上や、新規アカデミー生獲得のための募集活動の意味もあるため、様々な忍の術の解説や、子供達に対する『一日忍者ごっこ』なる催し物も多種多彩だ。
 趣向を凝らした模擬店や、各種イベントも盛り沢山で、ここ数年は朝から居てもなかなか全てを回り尽くす事ができない程の規模にまで成長してきている。
 ただ、年に一度の行事とはいえ、毎年大好評を博することから、年を追う毎にだんだんとお祭り騒ぎの度合いばかりが高くなってきていることは否めない。
 それでも今のところ、火影の雷は落ちていない。
 流石に一般人相手をに、内輪でやる忘年会のように羽目を外す馬鹿は居ないのだ。
 その辺りは、木ノ葉の忍達もちゃんと節度を心得ていた。

 ――だが今年も、こと内輪に対しては、相変わらずの羽目の外しようだった。



「おーおー、やってるやってる。盛況だぜぇこりゃ」
「へー、去年より賑わってるんじゃない」
 アスマとカカシがアカデミーの正門をくぐると、そこはもう普段の静けさからは想像もつかない、全くの別世界が広がっていた。すっかり恒例行事になっているとは言え、この桁外れの賑わいぶりには、毎年驚かされてしまう。
 木ノ葉マークが染め抜かれたカラフルな三角旗が、五月の青空に何百とはためく中、周囲は押し掛けた一般人で埋め尽くされている。
 広い庭には立派な屋外ステージが作られ、既に何かの演目が始まっていて、そちらも黒山の人だかりだ。
 ステージの周囲のスペースには所狭しと模擬店が並び、どこも長蛇の列が出来ている。
 子供向けには縁日の屋台や、「木ノ葉の忍者グッズ」の売店が人気だ。「歴代火影ブロマイド」なるものまで売られていて、中には後日プレミアが付くものまである。
 大人向けには、忍に関する文献をまとめた巻物の展示販売や、くノ一の一による模擬店、医療班の指導による薬草の調合販売などが例年人気となっている。
 派手に着飾った笑顔のくノ一から、巻物式の無料パンフレットを手渡された二人は、早速人混みから外れた場所でそれを広げた。
「さぁて、どこから回る?」
 アスマが、案内図と催事一覧を見ながら訊ねる。
「ま、手近な所から順に回ってればいいんじゃないの?」
「そういうこったな」
 実はこの二人、ただ単にこのお祭り騒ぎを楽しみに来ている訳ではない。一般人に紛れて他国の忍が潜入してきていないかを、終日監視する役目を担っている。
 過去にそういった輩が潜入した例はまだ無いが、他里では全く行われていない、とても思い切ったオープンな催しである。三代目も自ら執務室を開放し、里の者達と気さくに会話を楽しむのが習わしである事から、いつ何が起こるとも限らない。
 見せるところは呆れるほど惜しげもなく見せる半面、締めるところはきっちりと締めるというのが三代目流だった。


 じゃあ行くかとカカシ達が踏み出したところで、いきなり脇の模擬店から声が掛かって立ち止まる。
「ちょっとちょっとォ〜、そこのイカしたお兄さんがた寄ってかな〜い? サービスしとくよ〜!」
 聞き覚えのある声にギョッとした二人が、揃ってそちらに目をやると。
 胸元が限界まで際どく開いた紺の印半纏に、キリリと襷掛けをしたアンコが、店先で勢い良く手を振っている。
「―――…」
 『イカしたお兄さん』らは、無言で顔を見合わせた。



「――おめぇよォ、たかが団子屋の模擬店やんのに、その格好はねぇだろ、フツー?」
「一瞬何の客引きかと思ったらまぁ…」
 緋毛氈と真っ赤な野点傘が目に染みる屋外席に座った二人が、呆れた声を上げる。
 だが言いながらも、既に二人の視線はその半纏の裾付近に釘付けだ。
 大きな柄の黒い網タイツに包まれた、くノ一のスラリとした長い足が、他に何もまとわないまま気持ち長めの半纏の裾にいきなり消えていっている。
 そこを見るなというほうが酷であり、土台無理な話である。
「なに言ってんの! これ、地道な営業努力よ? 今日の売り上げの一割は、売り子が貰えることになったからさ、そのお金で帰りに木ノ葉茶屋の団子セット、殿様食いしてやるんだぁ〜! だってさ、こんなに目の前に大量に団子があるってのに、一個も食べちゃダメだって言うんだよ? 信じられる?! そんなの拷問じゃん?!」

「――あぁ、そー…」
 出された茶をすすりつつ、二人はかっくりと首を落とした。


「――さぁて、今度こそ行くぞ、カカシ」
「ああ。早く行こう」
 二人がのろのろと立ち上がる。
「任務ご苦労さん、まった来てねぇ〜」
「ぜってぇ、やだ」
 あられもない格好のアンコに勝手に膝の上に乗られ、サービス料と称して通常の十倍の団子代を巻き上げられた二人は、ぶつくさ言いながらぼったくり茶屋を後にした。



「――ったく…あんな事、三代目に知れたら大目玉だぜぇ」
「いや…、ひょっとしたら三代目自らが、団子そっちのけで入り浸るかも」
「ふっ、団子より花か。――まぁでもそいつぁ……あり得るかもな、十分」
 二人して笑いながらも、目だけはぬかり無く催事ブースを一つ一つチェックして回っている。相変わらず凄い人の流れで、流石の二人も人にぶつからずに歩くのが大変なくらいだ。
 初夏の陽射しは清々しく、濃い緑の薫りが屋台の食べ物の匂いと共に漂ってくる。

「ん?」
 ふと、カカシの足が止まった。
「オイ、あれってお前んとこのだろ?」
 すぐにアスマも気付いて声を掛ける。
「そうみたい。何か出し物をやるとか言って、だいぶ前から三人でワイワイ相談してたけど…。まぁ何とか一応形にはなってるかな。――どーれ」
 カカシの姿がふっと消えたかと思うと、人垣を飛び越して、盛り上がっているらしい催事ブースの最前列にふわりと現れたのが見えた。背高いアスマは最後列からでも様子が見えているらしく、わざわざ入って行こうとはしないが、小さく笑みながらその師弟の様子を見つめている。


 人垣の正面には、木と藁で作った、人に似せた如何にもワルそうな敵忍の的が五体置かれていた。それを目がけて、小さな子供達が一生懸命木で作った五枚の手裏剣を投げている。どうやら七班の下忍達は、一般の子供達のために『手裏剣を投げて遊ぼう!』という催しを、今日の任務として運営しているらしい。
 当たった場所や個数で景品が出るようなのだが、子供達にはなかなか難しいゲームである。時折大人がチャレンジするものの、それでも一つ二つ当たればまだいい方で、一見簡単そうに見えてかなり難しいこのゲームに、皆躍起になって白熱していた。

「あ、カカシ先生!」
 サクラの声で、他の二人も振り向く。
「よ、ご苦労さん。結構賑わってるみたいじゃないの?」
 右手をちょいと上げて、いつもの挨拶を返す。
「へへーん、そうなんだってばよ〜! もうオレ達ってば、朝からメチャクチャに忙しくってさぁ〜!」
 自慢げに、でも心の底からくすぐったそうにナルトが笑っている。自分達で考えて作り上げた催しに、皆が夢中になってくれているのが嬉しくて仕方ないらしい。
「おいナルト、もう手裏剣が無いぞ! 今度はお前が集める番だろうが」
 サスケの声が後ろから飛んでくると、やべっと首をすくめて慌てて周囲に落ちた偽物の手裏剣を拾い集めにかかる。
 その合間にも手裏剣は容赦なく飛んでくるので、油断無くよけながらの回収作業だ。
 サクラはお客達に「どうやって投げるの?」と口々に聞かれ、愛想良く説明している。

 奉仕と修行を兼ねた、こいつらにしてはなかなかのアイデアかと、カカシは口布の下でそっと微笑む。
 と、その時、カカシの脇にいた小さな子供が「ぼくもやりたい!」とだだをこねだした。
「あなたには小さすぎてまだ無理よ」と母親から諭されているものの、一向に収まらない。
「ねぇねぇ、おじちゃ〜ん、おじちゃんはニンジャなんでしょ? なげかたおしえてよぅ〜」と、カカシの上着の裾を引っ張りながら見上げてくる。
「んーーーおじちゃん……ねぇ?」
 言われて思わず溜息を吐いた。自分がこの敬称で呼ばれる日が、もう来るとは…。
 一般人の保護者らしき女性が気付いて、カカシの少々異様な風貌を見て慌てて謝ってくるが、いいのいいのと軽く流して子供と同じ目線になるよう座り込む。
「いや〜、おじちゃんはそんなに手裏剣は得意じゃないからさ。あの黒い髪のお兄ちゃんに投げてもらって? あのお兄ちゃんは上手いよ〜」
 指差しながら言うと、サスケがちょっと照れつつ下を向いている。
「イヤ〜っ、ぼくがなげるの! なーげーるうぅ〜!!」
 だが幼な子は、少年達から一目置かれているらしいこの大人に教えて貰って自分自身が投げるのだと、すっかり決めてかかっている。
 すかさずサクラが「は〜い! がんばってねー!」と手裏剣を子供に手渡しに来た。そして渡し際、カカシに素早くウインクしてみせる。恐らくは「その小さい子にも、楽しく投げさせてやってね?」という事なのだろう。
(ゃっ…あのねー、オレはイルカ先生じゃないから、こういうの苦手なんだけどー?)
 やれやれ…、と上忍は心の中で小さく溜息をついた。

「――んじゃま、最初は自分の思ったように投げてみて?」
 木ノ葉のエリート上忍は、口布の下で苦笑しながら、幼な子のにわか指導の任に就く。
 しかし衆人環視の中で一投目が投げられたものの、まだ細くて短い子供の腕では、一生懸命力を入れて振るっても、すぐ目の前にポトリと落ちてしまう。
「ん〜〜〜そーねぇ〜〜、何て言うかなぁ〜〜。…まっ、スジはいい。スジはいいんだけど〜、ちょっとチャクラが足りないな。もっと集中して、絶対に当たるんだと信じて、次、投げてみて?」
 すると子供なりに上目遣いになり、いかにもなポーズをつけて、真剣にワラ人形と対峙している。カカシは今にも吹き出しそうになるのを、口布の下でじっと堪えた。

 二投目はさっきより少し向こうに、ヨレヨレと飛んで落ちた。
「ん、進歩してるじゃない。じゃ次は目標をちゃんと定めて。自分が投げたい場所をもっとよく見るんだ」
 だが、遠い記憶を乗せた三投目は、二投目より随分と手前に落ちてしまった。子供が明らかにしゅんとなるのがわかる。
「おいおい。一度の失敗もなく、なにもかもが思ったように上手く行くはずなんてないでしょうよ? ほら、もう一度、さっき言った二つの事を思い出して」
 促すと、また真剣そのものの顔付きで深く構え「えいっ!」と投げている。もう少年の目には、隣の母親さえ見えていない。
 すると、藁人形にまではまだまだほど遠いものの、今まで一番遠くへと手裏剣は飛んでいく。
「よし! じゃあこれで最後の仕上げだ。今までやったことを思い出して、自分を信じろ、そして目標をあの一番右の敵に定めろ。いいな?」
「うんっ!!」
「やぁっ!」という高い声と共に投げられた手裏剣は、結構な初速でもって子供の手を放れたかと思うと、そのまま美しいカーブを描きはじめ、ブースの隅でこちらに背中を向けてキバと無駄話に興じていたナルトの尻に、ぷすりと突き刺さった。
「いっでえぇー!」と尻を押さえて叫ぶ少年に、周囲からドッと笑いが巻き起こる。
 幼な子のつぶらな瞳が、俄然キラキラと輝きだした。
「すごいっ、ね、いまのみた?! まがった! まがったよ?!」
「ん、やるじゃない。動く的に当てるのは、あんな人形なんかに当てるよりずっと難しいんだ。これからも修行すれば、上手くなるかもね?」
 カカシは指無しの手袋をはめた手で、小さな肩をぽんと軽く叩いた。
 だが、「うんっ!」とその少年が大きく頷いて、次に目を開けたとき。
 銀髪の「おじちゃん」はもうそこには居なかった。











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