「オイ、聞いたか? あのガイさんまでが服装指導されたらしいじゃないか?」
 アカデミーのうみのイルカが、服装や生活態度の指導役に乗り出したという話は、特に一斉通達などなくとも、半日のうちには里内の中忍以上の者全てに行き渡っていた。
「聞いた聞いた、何でもヘンタイスーツはモッコリが過ぎるから禁止になったんだって?」
「えっ、そういう理由じゃないだろ? あぁいや、実はそうなのか?! オレが聞いたのでは、とにかくその昔初代様が決めた『木ノ葉忍の掟』の規範から外れてるからってことらしいが、これからは気を付けないと俺らもヤバイぜ?」
「そっかー、確かに昔はあの大蛇丸でさえフツーにベスト着てたもんな。けど今はもうそういう時代じゃなくね? 完全に時代錯誤だよなー」
「でも噂じゃ『前髪が激眉にかかってないのは良いお手本です』って、ガイさんが褒められたとかなんとか?」
「オイオイ、その情報も一体どっから仕入れてきたんだ? 無茶苦茶ガセネタ臭いぞ。お前ホントに忍かよ?!」

 木ノ葉の忍達は、寄ると触るとその話を話題にしだした。日々雑多かつ、時には命を賭けた危険な任務を完遂することによって自己実現を果たしているまだ若く青き一兵卒らにとって、僅かな嗜好品や外見へのこだわりは最早捨て去りがたい拠り所となっており、そんな中いきなり下された上からの禁令は、決して見過ごすことのできない自己否定に繋がる弾圧行為として受け止められていた。
 特に服装に関しては隠すということがままならない、出してなんぼというその性格上、時間を追う毎に多くの者達の様々な思惑と不満が、四方八方から一気に噴出していく。

「下忍達は決まった制服が無いからお咎め無しでも、我々中忍以上は支給服じゃないとアウトらしいぜ。噂じゃイルカの指導に従わなかったヤツは、降格や独房入りまであり得るって話だ」
「ひでえ話だな。額当てのアレンジ装着ですら、特別な理由がある場合を除いては原則禁止らしいし、煙草や楊枝なんかの嗜好品も非番じゃないと注意勧告の対象で、その場で改善されない場合は即減給処分とは聞いていたが…。今まで野放しだったくせに、大名視察如きで突然の体裁繕い、片腹痛いぜ」
「部下の数少ない趣味や主張まで根こそぎ奪って、何が里の平和と繁栄だ、笑わせるな。イルカを緩衝材にしたつもりだろうが、物事はそうそう上手くは運ばねぇ」
「そうだ、そうだ!」
「な、オレさっき紅さんが標準ベスト着てるの見たぜ。黒の長袖アンダーに支給服のパンツでよ。あそこまで肌隠してっと、最初誰だか分かんなくて、うっかり真横スルーするとこだった」
「げぇマジィ?! 俺紅さんが今のウェアになった時からずっとファンやってきてんのに、そりゃねぇよ〜!」
「しかしなんつーか、『これぞ本物の忍者!』って気ィしたなー。あぁいや、今までが偽物だったとか、そういうことじゃないんだけどな。それより問題なのはよ、ああして上の者がイルカの指導に大人しく従った場合、その人達と同席したり一緒に任務に行く事になった格下の者は、その方針に倣ってないと、かーなーり居心地悪いってことだ」
「ゲェーそうか、それサイテ〜! 俺なんてもう下忍の時から好きなように着崩してるから、今更元になんて戻せないっての、あんなムッサイ格好なんて、マジ戦意喪失だぜ。ううー勘弁してくれよなーイルカぁぁー!」

 やがてその紅と双璧をなす、もう一人のくノ一の熱狂的ファンの間にも、波紋はひたひたと忍び寄っていく。
「オイ、まさかオレ達のアンコ姉さんまで、ムッサイ支給服姿になったりしないよな?!」
「俺らの永遠のツンギレアイドルアンコ姉さんまで、風紀委員如きの餌食にされてたまるかよ! 絶対に断固阻止だ!」
「だよな! オレが死んだ気になって中忍目指したのなんて、アンコさんのメッシュと脛当てにヤラレたからだぜ?! 加えてあの風に翻るコート! くぅ〜たまんねぇ〜、あの良さが何でわかんねぇかな。よし決めた! 『アンコ姉さん私服死守同盟』作ろうぜ!」
「ヨーシ! 仲間集めるぞォ! 敵はアカデミーにありーッ!!」


「……今回の私服改め令は、実に結構だな…」
「……ああ、見るほどに目映い白包帯が…また増える…」
「……純白の包帯に滲む赤き花こそ至上の美…」
「……清く汚れた我らがリビドーに」
「……乾杯…!」


「同志よ! いよいよこの日が来たぞ!」
「ハイッ、隊長! …時代の波に流され『標準服は、オモイ、アツイ、ダサイの伝説の三忍耐』などと言われて堪え忍んだ不遇の歳月ともこれでお別れなのですね! これでまた下忍達が中忍ベストに憧れて昇格してゆく、あの輝ける日々が帰ってくるのですね! 機能と心理的威圧感を究極まで追求した果てに生まれた制服美が、ついに…ついに天下を統一するの…ですねっ…うっ…ううっ…!」
「そうだ! 統制下における一糸乱れぬ制服姿こそが、この世で最も尊く美しいものなのだ!」
「中忍ベストッ、万歳――ッ!!」
「万歳――っ!!」



 イルカが風紀委員の役目を仰せつかった翌々晩。
 カカシが下忍を引きつれた一泊の任務を終えて上忍待機所に戻ってくると、先客が一人、雄々しい体をソファに下ろしていた。
「――――」
 カカシは特に挨拶することもなく、その男とは背中合わせになる場所のソファに腰を下ろす。そしていつものようにポーチから愛読書を取りだして続きを読み出したところで、背後の男がごそりと喋り出した。
「気付いてるか、カカシ」
「…? なんのこと?」
「駆け引きのつもりなら俺には通用しないぞ、時間の無駄だ、やめておけ」
 他人の心を探ることに長けている尋問部の隊長が、カカシののんびりとした声を払う。
「分かった。――で?」
 活字に目線を落としたまま、静かに訊ねる。
「例の綱紀粛正の件だが、やり方が不味かったな。薬になるどころか、半端すぎて毒が蔓延しつつある。お前も一晩いなくてもその気配くらいは感じてるだろう?」
 独自に尋問部隊を率いている現役隊長の意見は的確で容赦ない。
「あぁ、プンプン臭ってるね。まだ固まってない地盤にいくら太い杭を無理矢理打ったって、上手く支えられないでしょうに」
「その肝心の地盤達だがな。地下深くで今回のやり方に反発した馬鹿どもが、調子に乗って徒党を組みだしてる」
「あーそういう連中がいずれ出てくるかもしれないとは思ったけど、やはりか…しかし早いなー」
 人間とは二人でいる時は何事もなく平穏でも、三人寄った瞬間から二つに別れていく生き物なのだろうか。そしてその流れには、例え心身を鍛え上げた忍と言えども抗えないものらしい。
「それだけ今回のやり方に不満を抱いている者が多い、ということなんだろうがな。特に今回の件に関してはショックが大きかったんだろう。主義主張を同じくする者達の、言わば派閥が出来上がるまでになってる」
「はぁ? 派閥? そりゃまた暇なヤツらがいたもんだねぇ。よっぽど任務が無くて時間持て余してるとか?」
「逆だ。死ぬほど忙しいからこそ、本人達も気付かないうちにそういう事にのめり込んで、無意識のうちに憂さを発散しようとしてるのさ」
「んじゃ、ほっとく?」
 銀髪男が初めて背後に頭を向けるが、イビキが傷だらけの顔をこちらに振り向かせる気配はない。
「そうもいかんだろう。俺が手近な野郎を片っ端から捕まえて吐かせた所によると、五流八派十三団体にまで四分五裂して互いに睨み合いだしてる」
「あらま。で、自分が気に食わない思想を掲げてるグループを潰しにかかってる、と?」
「ああ、決着の方法はメンバー全員の後ろを獲ることだ。…あのいつぞやの『ゲーム』のルールに乗っ取ってな」
「うそっ?! …あ〜も〜勘弁してよね。いっそのこと、アレ誰か禁術に指定してくんないかなー」
「ふっ、無理だな。何ならイルカの大技の件も、洗いざらい全て話す覚悟で火影に嘆願に行くか?」
「まさか。――で? その団体名とか面子とか思想は? 大体分かってんでしょ?」
 すると男が懐から何かを取り出す気配がして、ぱらりと紙めくる微かな音がする。
「ああ、主立った所を挙げていくとだな。――今回の綱紀粛正そのものに断固反対して、完全な服装自由運動を呼び掛ける「中忍ベスト改革派」略して『中革派』。
 また、支給された制服が一番だとしてそれに真っ向から対立する『支給服原理主義派』。
 その原理主義派から内ゲバ抗争を経て内部分裂し、制服でも構わないが、アレンジの認可を広めんとする『自由着こなし連合』。
 更に制服至上主義思想から分派して、中革派の粉砕を掲げ、全ての忍の包帯装着を推し薦める『血の包帯同盟』」
「ねー、やっぱそいつらって、死ぬほどヒマなんでしょ?」
「ヒマかどうかは直接行って聞いてこい。まだあるぞ。…くノ一及び紅の制服着用に異議を唱える『連合紅軍』」
「あは〜、アスマの支持団体みーっけー」
「アンコの熱狂的信望者で、制服着用を断固阻止しようという『アンコ闘争委員会』」
「ホントに、それでいいんかい。  ……ぁ、ごめん。続けて?」
「下忍時代から私服で通してきている、服装に敏感な中忍くノ一達自らが立ち上げた『ネオナチラリズム』は、下忍のくノ一達も参加を表明している、ある意味最強の会派だな」
「あれ、そういやサクラが昨日そんなようなこと言ってたような…? ま、でも後ろ獲られる心配ないならいーか。他には?」
「あるぞ。そもそも五代目の就任自体を不服として、六代目の擁立を独自に模索する『中忍解放戦線』」
「なっ?! それちょっとマズイんじゃない? 構成員誰よ?!」
「イズモとコテツだ」
「なーんだ、じゃいいや。ね、まだあるの?」
「同じく現体制に反対して、六代目を自来也で擁立することを謳いあげている所もあるぞ。成人指定の愛読書を任務中に没収されたことで一斉蜂起した『イチャパラ共和党』だ」
「えvv…それって、構成員誰と誰?」
 途端、針のように鋭い視線が、ブスリ、とカカシに刺さった。
「うそうそっ。もう〜〜ジョーダンに決まってるでしょ!」
 へらり、と三日月目で笑ってみせる。
「とにかくだ、あの最初に決めた『ゲーム』の協定にさえのっとっていれば、どんなに過激なゲリラ活動を展開してケツを獲ってもいいことになっている。ちなみにメンバー全員が後ろを獲られた団体は、その地点で即解散という不文律も行き渡ってる」
「はー…相変わらずバカで可愛いヤツらだこと」
「そう言うお前は随分と呑気に構えているようだが、イルカの方は大丈夫なのか?」
「ん、まあね。オレが出てていない間は非番のゲンマに見張り頼んでおいたけど、そろそろ交替しなくちゃいけないと思ってたとこ」
「気を付けろ、イルカには直接手出し出来ない温情派も、お前になら容赦なく攻めてくる可能性があるぞ」
「いいんじゃない。むしろその方が助かるよ。やーしかしイビキお前、ほんっといい趣味してるよね〜」
 ここまでの情報を仕入れるのに、一体何人の同胞が地獄を見たのだろう。
「フッ…だろう? 持つべきものは情報好きでサディスティックな友だ」
 二人の男は相手の方に振り返った格好のまま、ニッコリと笑いあった。












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