「うーわー、曲がる曲がる回るぅ〜〜!」
 螺旋状に大きくカーブしながら上っていく道を上がりきった所に高速道路の料金所が見えて、減速しながら近付いていく。と、道路を塞いでいた黄色いバーがぱっとはね上がる。
(おーーETCべんり〜)
 これが出来る前は、いちいち料金所で一旦止まったあと、やおらグローブを脱ぎ、財布を取りだしてから小銭を出し…ということをやっていたそうで、手がかじかんでいてうっかり小銭を取り落としたりした日には、後ろに長蛇の列まで出来てしまい、目も当てられないことになっていたそうだ。
 料金所を過ぎて本線との合流地点にさしかかると、それまでとんでもないスピードで走ってきていたはずの周囲の車がみるみるうちに同じスピードになり、いともあっさりと流れに乗っていく。
「ぃやほーーっ!!」
 やはり750ccのエンジンに二人しか乗っていないオートバイの加速力はハンパない。風圧に抵抗しながらメーターを覗き見ると、もうはや100キロ近くが出ている。あっという間に近づいてきて視界を塞いでいた大型のコンテナ車が、並んだはじから後ろへと消えていく。車ならなんということもない光景の全てがスリリングで、自然と口が笑ってしまう。
 それにしても風の力とは凄いものだ。カカシさんの陰から少しでも頭を出すと、首を持って行かれるような重い抵抗があり、風圧が全身をぐいぐいと押しはじめるのだ。手の平など開いて出そうものなら、簡単に後ろへと弾かれる。いいぞ風、どんどん来い!
 キャンプツーリング初日は朝から快晴だった。カカシさんが迎えに来るまでの間、十分ほど歩道で準備体操をしていただけでも、うっすら汗をかいていたくらいだ。
 というのも、「山はもちろんだけど、高速はとにかく冷えるから」と言われて、暦はまだ残暑の名残も感じられる中秋だというのに、これでもかと考えられるだけの厚着をして臨んでいた。こないだ雨に降られた経験も生きたと思う。ネットで買った防寒ブーツの中の靴下なんて三重だし、カカシさんオススメブランドのグローブや、バイク専用ウエアも上下で揃えた。完・璧!

(ん、なんだ?)
 カカシさんが一台の大型車の後ろに付けたまま、少しずつその距離を縮めだしているのを見て注視する。今までは視界を塞ぐ遅いトラックなど、早々に加速してパスしていたのに。
 でもいよいよ近付いてきだした途端、ひとりでに声が出た。
「ははは、映ってる〜!」
 銀色に磨かれたピカピカのタンクローリーの車体に、俺達二人とバイクがくっきりと映り込んでいる。しかも高速道路がハの字になって、猛烈なスピードで後ろに流れていて、その非現実的な特殊効果に何だか特撮ヒーローにでもなった気分だ。
「うおーーーい!!」
 風圧になんか負けるものかと強引に片手を出して振ると、向こうの俺も振っている。ちょっとひしゃげていていびつだが、(そうか俺達はこんな風にして走っているんだな)と、そのある意味貴重な姿を二人して暫し眺めた。


 途中二度ほど止まったパーキングエリアでも、ちょっと楽しいことがあった。
 所定の場所でバイクを止めてその側で二人して休んでいると、通りすがる人達の中に、ちょこちょこと声を掛けてくれる人がいるのだ。それは観光バスから降りてきた人だったり、すぐ隣りにバイクを停めた人だったりと様々だが、「いい天気になって良かったね。どちらまで?」から始まって、「なんだ、最近は高速道路で二人乗りが出来るようになったのか?」とか、「実は若い頃、オレもバイク乗っててな」等々、どのやりとりも旅を彩る味わい深いものだった。
 もしこれが車だったら、誰からも声を掛けられないままだったろう。そう思うと、ちょっと得したような気分になったり。
「なんだろう、声掛けやすいのかな、バイクだと」
 すっかり旅の楽しみになった、地元名物のアツアツB級グルメを頬ばる。これを最大限楽しむために朝飯は抜いていたし、周囲はもうすでに山と緑に囲まれているし、いい感じに体も冷えていて、何とも言えず旨い。
「そうかもね。趣味の色合いが強いものだし」
 カカシさんによると、女性ライダーが多いとより声を掛けられる率が高くなるそうだが、うん、それについては俺もわかる気がするぞ。

 高速を降りてからは、少しずつ色づきだした山の緑を眺めながらひた走る。都内や高速では感じられなかった、山独特の清々しい香りがダイレクトに感じられて何とも言えず気持ちいい。時々わざとシールドを上げて顔一杯に涼風を浴び、気の済むまで吸い込む。
(あ、バイクだ)
 木々が落とす、鹿の子模様の木漏れ日の中を走っていると、向こうからもオートバイが来ているのが見えて目で追いかける。と、
「――えっ?」
 すれ違いざま、ライダーがこちらに向かってVサインを出していて、ぱちぱちと瞬きした。しかも向こうが出した合図に、カカシさんも小さく手を上げて答えていた。え? なんで??
「今の人、知り合いなんですか?」
「ちがうよ」
 右へ、左へ、また右へ――。カーブを軽やかに抜けながらカカシさんが言うには、「その昔バイクブームがあった時、観光地ではああしてすれ違いざまにライダー同士がピースサインを交わす習慣があった」んだそうだ。
 今でもライダーの聖地である北海道では交わしている人が多いけれど、本州では少なくなりつつあるらしい。
「へえぇぇ〜〜」
(ライダーの間だけで交わすサインかぁ)
 なんかちょっと、いいかも。子供の頃から、バスの運転手が同じバス会社のドライバーに向かってちょいと手を上げて挨拶しているのを、子供心に羨ましく感じていた。それと同じことが自分も出来るなんて!
 試しにカカシさんの後ろでピースサインを出してみる。が。
「?? あれー?」
 対向するバイクを今か今かと待ち続けて、ここぞとばかりに出したにもかかわらず、呆気なくスルー。あれれ…??
「遅いよ、向こうは『この辺で出すヤツなんていないだろう』と思ってるんだから、もっと早く出さなきゃ、返したくても反応できないでしょ」
「そうか、了解っ!」
 そうして見通しのいい真っ直ぐな道路で、アメリカンバイクに跨がった十台からなるカッコイイライダー集団から揃ってピースサインを貰ったときには、リヤシートで歓喜の尻ジャンプをしていた。
「うはっ! やった通じたーっ!」
「ちょっ、跳ねないの!」
「カカシさんも、やろう!」
「いーよ、イルカやってて」
「えーやろう、カカシさんと一緒にやりたい!」
「えぇーー」
 それからは来るバイク来るバイク、面白がってみんなに出しまくった。カカシさんも返してくれそうな『らしきライダー』にはちゃっかり出して返して貰っていた。これがもしも都会だったなら、どれほどすれ違っても何のコミュニケーションもなく、ともすればそこに人がいることを認識すらしないまま通り過ぎてしまったりしているだろう。なのに鉄馬に乗って旅に出た途端、「よっ、乗ってるな!」「お前もな!」と、言葉の要らない挨拶が出来るのだ。それは周囲から見れば取るに足らない、他愛もない行為かもしれない。でも俺にはどこか遠くに「生きてるな!」「お前もな!」という思いが込められているような気がしてならないのだ。
「ライダーが、こんなにフレンドリーだとは思いませんでしたよ!」
「アンタがフレンドリーすぎんの!」
 続いてカカシさんは、「同じバイク乗りっていう狭い仲間意識がそうさせてるだけじゃないの〜」なんて言っていたが、一台のバイクに乗り合わせ、すぐ後ろから彼を見ているのだ。それだけじゃないってことくらい、俺だってわかるぜ?


     * * *


「ええっ、ここでキャンプ、していいんですか?」
 エンジンが止まったことでシールドを上げ、周囲をぐるりと見渡したが、半信半疑すぎてバイクから降りられない。
「ほんとにね」
 カカシさんも「穴場だと思う」というその一帯は、背後を白樺の木々が取り囲み、目の前にはコンクリートで固められていない小さな川がキラキラと輝きながら流れている。広大な敷地内に流れる川に沿うようにして、キャンプの区画が点在しているらしい。しかも正面には、都心からだと冬場だけちょっぴり見えることのある富士山が、まるで映画館で見るようなスクリーンサイズで広がっている。
「うっふぁーー贅沢だなぁ〜」
「でもここ、キャンプ上級者向けでレンタル品も少ないから、ある程度我慢しないと」
「はい、しますします!」
 食料なら途中立ち寄った地元のスーパーで「ちょっと買いすぎじゃない? どんだけ食べるつもり?」と言われるくらい、たんまり買い込んできているのだ。そうなれば恐いものは何もない。あとはテントと寝袋さえあれば何とかなる!

 ――と、思っていたのだが。
 人が一人満足に食べて寝るためには、それなりの知識と作業が必要なのだと、幾らもしないうちに身をもって痛感していた。
「明るいうちに済ませておこう」というカカシさんの指示で、まずはテント張りから始めたのだが、見るとやるとでは大違いだ。「ここにしよう」と、風向きまで計算に入れたカカシさんが、袋からテント用具一式を取りだしたのだが、俺はグランドシートを広げたきり、フレームの組み立て方すら分からない。テントの布も、「内と外の二重構造になっているのが一般的だよ」と言われて、すっかりお手上げになっていた。
「カカシさんがいなかったら、俺首から『誰か拾って下さい』って札下げて、敷地を歩き回らなきゃいけないとこでしたよ」
「ぷっ…、いやむしろそっちのほうが逞しいよ」
 彼の話では、「バイクでキャンプ旅をするライダーは、大抵レンタル品は使わず、持参してきた少量のものだけで工夫をしながら安上がりに済ませるのだ」と聞いて、受付にレンタル品を借りに行く際も「なら出来るだけそれに近い方式でやってみたい」とイッチョマエな希望を出していた。なのに冒頭から早速つまずいている。
「んーでも富士山近いから、この季節シュラフと銀マットだけじゃ寒いかも。設備が整って電源が取れる所なら、ホットカーペットが借りられる所もあるんだけどね」
「ええー、それはなんかヤだなぁ〜」
 まともにテントひとつ張れないのに、文明の利器を使うことは拒否るという、始末の悪い初心者キャンパーイルカです。
 聞けば他にも、キャンプ場によっては大型の燻製機や炊飯ジャーまであったりするとかで。
「燻製機は…まぁ確かに旨そうではあるけど、キャンプに来てまで炊飯器って〜」と笑ったら、「じゃあ今から飯炊くから、火の準備宜しく〜」とさらっと言われ、あうあうしてしまった。はいっ海野イルカ、炊飯ジャー大好きですっ!


「うへへへ〜、これ楽しみだったんですよ〜」
 今まで何度カカシさんの後ろに乗っても、「酒だけは御法度だぞ」と胆に命じて、一度も話題にしてこなかった。でも今日に限っては、それが大っぴらに出来るのだ。
「しかも呑んで眠くなったら、すぐそこでごろっと寝られるんですよ〜!」
 ぐだぐだになって電車に乗らなくても、タクシーのメーターを気にしなくてもいいだなんて。こんな天国みたいなことがあるだろうか。
「ま、そーね?」
 カカシさんは口だけが高回転で動いている俺とは逆に、素晴らしい手際の良さで次の晩飯の準備に取りかかっている。
 その横で「バイクを早く休ませた分、ライダーのほうにはアルコール燃料をたっぷり補給しとかないとな〜」などという意味不明の素敵な理由を掲げながら、俺は小川のせせらぎに次々缶ビールを沈めた。

「テントの用意と飯の下ごしらえ、あと火の準備出来ましたっ!」
 もちろん全てカカシさんの指示・指導によるものだが、済んだのは確かだ。うきうきと報告する。
「じゃ、次にすることは?」
「は? えっと……飯、ですか?」
「いや、風呂にしよう」
「えっ、フロぉーー?!」
 まさかキャンプに来て風呂に入れるなんて思ってなかった。いいとこ川で行水(?)か、シャワーくらいだと。
 だが彼曰く、「キャンプ場の周辺には、日帰り入浴施設があることが多い」とのこと。なぁんだ、それもっと早く言って欲しかったぞ。でも嬉しいサプライズだったことには違いなく。
(いやむしろ黙ってくれててありがとう、だな!)
 ちなみに飯より風呂が先なのは、酒を呑むとバイクに乗れなくなることと、夜間の敷地内の走行は他の利用者の迷惑になるため、禁止事項になっているかららしい。確かに立地がいいせいか、視界の端には右手にも左手にも車で来ているオートキャンパーが見えている。
「そうと決まれば、風呂の用意っと!」





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