「ひっでぇよなぁ、結局アーモンドの形しか合ってねぇじゃねぇかよ。よくそんな真逆の表現ばっか思いつくよなぁ〜」というナルトの抗議に笑いながら、それよりだいぶ小さなサイズだという、同じ形のオブジェも触った。が、さっきの一件のせいなのか、自分の中のセンサが混乱を起こしているらしく、どう触ってもサイズがはっきりとしてこない。
「んんー? 大きさは…卵くらい? いやもうちょっと…アボカドくらい、か??」
 両手で包めるほどの大きさなのに、見えないというだけで途端にサイズ感があやふやになっている。カカシさん曰く「普段は自分の手や、まわりのものと比べて大きさを判断しているからだろう」とのことだが、なるほどその感じ、わかる気がする。
(にしても…)
 このカカシという人、何となく普通のサラリーマンじゃないように思えてきているのだが、気のせいだろうか?
 
 暗闇体験はさらに続く。よくそんなに視覚抜きのメニューを思いつくなと思うのだが、それは日頃から「見る」生活に囚われている者の考えなんだろう。
 しかも「今度は、工作をして作品を作ってみませんか」というヒナタの提案に「??」となっていた。だって工作ってことは、何かしらの道具を使うってことではないだろうか? 見えないのに、道具? どうやって??
(――あぁなるほど。そういうことか)
 だがその疑問については、すぐに解消されていた。ヒナタが出してきた大きな箱の中に、毛糸になる前の純毛が沢山入っていて、それをきれいに丸めてみようという趣向だったからだ。これなら二本の手が道具なのだから、小さな子供の参加者でも楽しめる。
 けれど、「暗がりとはいえ、丸める程度なら楽勝だな」と鷹を括っていた俺の目論見は、いとも呆気なく崩れ去っていた。
 最初のうちこそ「サスケお前、いま毛糸の匂い嗅いだだろ?」「うるさい、黙ってやれ」などと言い合いながら手元を動かしていた二人も、すぐに声のトーンが変わっていく。
「あっれー? おっかしいなぁ、ぜんぜん丸くなんねぇぞ? すぐ割れちまう」
「…くそっ…なんだこれ…」
「おっかしいわねぇ…。どんなに力を入れて転がしても、すぐにバラバラになっちゃう。こういうのって、普通は細かい糸どうしが絡み合って、すぐに丸くなるもんよねぇ? こんな単純なことができないってあるかしら?」
「んーー…まっ、見えないとどこが割れててどう繋ぎ直したらいいかがわからないから、まとまっていかないんだろうねぇ」
「うーん、俺もダメだなぁ。もしかして最初に取った毛がまとまりにくいヤツだったか?」
 さっきから両手を使い、手の平の感覚だけでコロコロと回し続けているが、どんなに圧をかけて一つにまとめたと思っても、回すのをやめると途端にボロボロと崩れてきてしまう。
 ヒナタに「ビー玉程度に丸められる量を取って下さい」と言われて箱の中に手を入れた際、フワフワとして細い繊維が広がっている部分と、すでに圧縮された小さなかたまりになっているものとがランダムに混じり合った状態だった。よく考えず適当に取ってしまったが、実はかたまりの割合が多すぎたか?
「毛玉を一度細かくほぐしてからまとめればいいんじゃないかしら?」
「オレってばもう五回くらいそれやってっけど、ぜんぜんまとまんねぇぜ?」
「それって細かくしてるつもりになってるだけで、実際には細かくできてないんじゃないの?」
「うーーーん? そうなのかなぁ〜??」
 考えてみれば、いい年をした成人男性を含めた五人が雁首を揃え、暗がりで無心に毛玉を丸めているという姿は、傍から見れば奇妙な光景ではあるのだろう。けれどその肝心の光景が、どう頑張っても見えないのだ。見えなければ意外と無心になれて、幼い頃にやったようなことにも簡単に熱中できる自分に驚く。
 暫くしてヒナタから、「皆さん、作品は出来上がりましたか?」という問いかけがなされたが、一拍置いたあと「「「…うーん…?」」」という上の空な返事が返ってきていて、その無心の感覚が自分だけじゃなかったことがわかる。みんなもすっかり手の平に集中しきっていて、たぶん今この瞬間だけは、学校や会社や肩書きから解放された、とてもシンプルな存在になっているのだ。
 そしてそれは、とても心地良い。


       * * * 


 続いて通された部屋は、それまでよりだいぶ広いようだった。というのも、自分の目の前にあるテーブルらしきものが、さっきのそれとは比べものにならない大きさだったからだ。
「はい、ではこちらでは、ちょっとした運動をしましょう」
(はあ、運動?)
 大きな楕円形のテーブルのまわりを等間隔で囲むようにして、六人で立っているだけだというのに、運動?
 けれど「体操か何かか?」と思った時、特徴的なリンという音が聞こえた。鈴だ。
「…ああ、丸い骨組みの中に入ってるんだ?」
 回ってきた鈴は、ソフトボール大くらいの球形の枠の中に入っていた。枠は鈴が飛び出さない程度の大きさで柔らかく、例え当たっても痛くない。ひょっとすると、赤ん坊やペット用に売られているものかもしれない。
 これでテーブルの上を転がして、キャッチボールをしようという提案に、(なるほど、それでテーブルのふちが少し持ち上がっていたのだな)と合点した。
「おうっ、面白そうだってばよ!」という声の周辺で、全員が一斉に耳を澄ましている、気配。いや見たわけじゃないが、絶対そうだ。みんなやる気満々だ。
「では今ボールはナルト君の所にあるので、ナルト君から転がしてみて下さい」
「っしゃあ! んじゃ誰かしんねぇけど行くぞ。オラよッ!」
 真っ暗闇の中、リンリンリンリン…と涼やかな音が右から左へ移動していき…止まった。どうやら誰かが無事キャッチしたらしい。
「へぇ、意外とわかるもんだーね。じゃ次の人、宜しくね?」
 今度は左から自分の目の前を通って右方向へ。
「――ッ、取った。次、いくぞ!」
 そこからは、学生時代にやったゲームセンターのエアホッケー並みに熱中した。次第にどこに誰が立っているのかがわかってくる中、カカシさんとの間に来たボールを二人で取り合ってお手つき状態になり、少々照れ臭い思いなどもしながら、気分はすっかり小学生だ。またアツくなりすぎる余り、ボールがテーブルから落ちてどこかで音が止まってしまっても、ヒナタが正確にその場所を突き止めてさっさと拾い上げるのには全員脱帽だった。しかも拾いに行ってから、再び元のテーブルにつくまでのスピードの早いこと早いこと…。さっき入場前に「中のことは隅々まで熟知している」と言っていたのは本当らしく、白杖をついている音すらしない。忍者か!
「ヒナタお前、マジすげぇな!? 今ここにいたのに、もうそっちに戻ってんのかよ?」
「そっ、そうかな。みんなできると、思うよ」
 その時の彼女の言葉はにわかには信じられないはずが、同時に不思議な説得力もあったと思う。

 そんなこともあってか、次に行われた新ミッション「キャッチボールの進化形」に注がれた皆の熱意は、並々ならぬものがあった。
「えなに、このテーブル、持ち上がるの? …わっ!? へぇ大きさの割には軽いのね? って六人で持ち上げてるからか」
「はい、天板だけが持ち上げられるようになっていて、真ん中に穴が開いています」
「あぁ…確かにね。んーこの感じだと直径は…二〇センチ…くらいかな。ということは、今度はみんなでこの天板を動かしながらボールを転がしていって…?」
「――穴に落とす、か。フン、楽勝だな」
「ぃよっしゃああ! やってやるってばよッ!」
 だが実際に始めてみると、さっきのキャッチボールからは格段に難易度が上がっていることはすぐにわかった。畳二畳分はゆうにありそうな天板の上を、右へ左へ、手前へ向こうへ。常に鈴が鳴りながら、縦横に移動し続けているのだ。移動に気を取られすぎて自分の所でうっかりコースアウトさないようにしつつ、しかも真ん中付近を上手く鈴が通過するように、全員で調整をしあわなければならない。
「あわっ!? ふー危ない危ない…。やこれ、結構大変だなぁ。耳で鈴の音を追いかけながら、同時に天板を上げ下げするってっ、相当な高等テクニックじゃ、ないですっ?」
「身長も音の感じ方もそれぞれ違うし、こりゃ加減が難しいねぇ。――おっと!」
「ずっと転がり続けてて音が途切れないから、さっきより遠い近いがはっきりしなくなるみたい。…きゃっ!? あぁごめんなさいヒナタ、また落としちゃった」
「ううん、大丈夫。――はい、どうぞ」
 多分このゲーム、明るいところでやったとしてもそう簡単にはいかないだろう。それを全員の耳だけを頼りにゴールしようというのだ。
「サスケェ! 行ったぞ!」
「わかってる。いちいちうるさい!」
「イルカ先生のほう持ち上げすぎ、ぉ、重い」
「ああ悪い、ごめんなサクラ」
「あそれ、オレが無理やり引き下ろしてっからかも?」
「ナルトお前か、道理でさっきから板が動かしにくいわけだ」
「そういうサスケだって、さっきから同じ方向にばっかりパスしてて、穴なんてかすりもしてねぇだろうが」
「だから、それがお前のせいだと言っている!」
「はいは〜い、みんな仲良く協力して動かしましょーねー」
 そんな声が飛び交う間も、ひたすら鈴玉は天板の上を転がり続ける。そのうち(本当に穴なんて開いているのか?)と訝りだした頃だった。
(えっ…?)
 目の前は相変わらずの暗闇のはずだ。なのに一瞬、天板を持った六人と、その上を転がっていく鈴玉の映像が、まるでポリゴンで描いた線画のようにくっきりと見えた気がして、その映像に従って板を気持ち右下に下ろしてみる。と。
「「「あっ!」」」
 カコーンという小気味よい音がして、鈴ボールが傘立てのような筒状の缶の中に落ちた小気味よい音が響いた。なんと、まさかのミッションクリアだ。
「ぃやった! いま板を下げたのって、イルカ先生じゃねえ!?」
「ああ…、なんか今な、急にみんなの姿とボールがすごくリアルに見えた気がしたんだ。…なんだったんだろうな、今の」
「オレも見えた。イルカ先生が下げてる姿もな」
 サスケとカカシさんが言うには、もうすでにさっきのキャッチボールの頃からリアルな3D映像が暗闇に浮かんで見えるようになっていたという。俺はまだ脳内の処理速度が追いついていないせいか、立体といってもシンプルな線画に近かったが、自分の中にそんな能力が眠っていたなんて驚きだ。
(俺自身、まだまだ知らないことが結構あったりするのかもな…)
 ヒナタの「誰でもできる」という言葉を思い出しながら、次の部屋へと向かう。
 その足取りはいまだ覚束ないけれど、暗闇に入ったばかりの頃と比べれば、明らかに自信を持って前に出せるようになっている。


       * * *


「お待たせしました。では適度に運動もしましたので、この部屋ではお茶とおやつの時間にしましょう」
「おーっし、待ってたぜぇ! もうすーーっげぇのど乾いてたってばよ!」
「やった! おやつって何と何があるの? すっごい楽しみなんだけど」
 ナルトとサクラはもうすっかりその気になっているが、この暗闇で食欲の方が勝るというメンタルに関心する。俺などまともに口に運べるか、気が気ではないというのに。
 「では、どうぞ順にお入り下さい」と言われて中に入っていくと、「いらっしゃいませ〜」「お疲れ様でした!」という、聞き覚えのない声が複数上がった。三人とも男性のそれだ。この暗闇喫茶でウエイターを担当しているという。
「わあ〜、皆さんすごく素敵なお声ですね。超イケボ〜」
「ありがとうございます。皆さんよくそう仰って下さるんですけど、実はそれも暗闇効果なのかもしれないですよ?」
「さぁて、この声からどんな風に想像して貰えてるのかな」
「ふふ、外では会わない方がいいのかも」
「ええ〜そんな風に言われると余計に気になるんですけど〜」
 サクラはすっかり上機嫌で、大きな楕円テーブルの一番奥の席を勧められているらしい。そこにナルトとサスケが続く。ナルト達の向かい側には、俺とカカシさんだ。
 思えば顔も分からない見知らぬ男達に、暗闇で食事を出されるという状況は、もう少し警戒してもよさそうな気もする。が、実際には全く逆だ。ここに入る前に「闇鍋」などという言葉を思い浮かべて不安になっていたのが嘘のように、俺も妙に浮いた気分になっている。特にサクラはすっかり安心しきって、ウキウキしていることが声にそのまま現れている。女性にとって、心を許せる声というのがあるとしたら、それはどんな声なんだろうとふと思う。
(そういえば、カカシさんの声なんてのも落ち着いていて、俺はなかなかいいセンいってると思うんだけどな?)
 あぁいや、何となくそう思うだけだけどな?





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