陽の傾いてきた中、一向に人混みの減らない屋外ブースを、再び二人の上忍は見回りはじめた。

 ふと見ると、子供達ばかりが大勢集まって、ワイワイ、キャーキャーと騒いでいる一角がある。
「何だろね?」
 近付くと、その理由はすぐに分かった。
 看板のタイトルには『かわいい口寄せ動物にさわってみよう!』とある。
 すぐに見慣れた小さな忍犬が、子供達にもみくちゃにされながらも必死で我慢している様子が目に入った。
「パックン!?」
「あっ、カカシ! …お、お願いじゃ、もっ…もう拙者…、ぅわんっ…!」
 哀れな小型忍犬は次々と子供達に抱きかかえられ、頭を撫でられ、体中をさすられ、ぐいぐいと頬ずりされて、すっかりへろへろになっていた。
「ワンちゃん、お手!」
 それでも容赦なく、小さな手が次々と目の前に差し出される。
「失敬な! ワシはお手などという下等な芸はせぬ!」
「え〜? じゃあ、なにするのー?」
「拙者は一流の追尾犬じゃぞ! この優秀な嗅覚を活かして、なんでも追跡する事が出来るうえ、主人の命とあらば、どんな危険な任務でもやり遂げんと固く忠誠を誓っとる特別な忍犬なんじゃ!」
「――ふーん…?」
 今一つどころか、殆ど全く意味の分かっていなさそうな子供達のリアクションに、カカシは口布の下で苦笑う。
 朝、アカデミーの門を潜ったところで、待ち受けていたくノ一に、『忍犬を口寄せして頂けますか?』と言われ、乞われるままに素直に呼んでおいたのだが、いくら任務の一環とは言え、これはちょっと可哀想だったかなと思う。
 見渡せば、他にもガイのところの忍亀の上に、子供達がひっきりなしに乗っかっては飛び降りている。もう亀の方はすっかり降参したらしく、頭も手足も甲羅の中に引っ込めて出てこようとしない。他にも鳥やら蛙やら蛇やらがとっ捕まっては散々な目に遭っていて、二人とも「仲間達」の気の毒な境遇に同情の念を禁じ得ないのだった。
(でもイルカ先生に限っては、こんなテンションの中で一日中過ごして、尚かつちゃんと指導もしてるんだよなぁ。感心するよ、ホント…)
 カカシは変なところでまた、思い人に対して尊敬の念を抱くのだった。



 その後も一般人らによる人民パワーに各ブースで圧倒されながら、閉会式までの数時間を二人は人混みの中で過ごした。
 そして(流石に少し疲れてきたな)と思い始めた頃、拡声器から、もうすぐ閉会式が始まる旨の放送が流れて顔を上げる。
(いよいよ、だな)
 カカシの中を、改めて緊張が走りだした。投票が締め切りとなった時刻にはチャクラを練るのを止めていたものの、正直彼女らが自分に投票してくれたという根拠もなければ自信もない。あれからもうずっと結果発表が気になって仕方がなかった。


「――あぁ〜っ、ようやっと終わるかー。何だか今日は一日がやたらと長かったような気がするぜぇ」
 アスマが軽く伸びをしながら、溜息混じりに言う。
「そう、だな」
 カカシがぽつりと、小さく返事をする。
 内心で(オレが一日を長く感じるのは、これからなんだろうな)などと思いながら。
 今頃もう、集計結果は出ているはずだ。どんな結果になっているのか偵察に行こうかと何度も思ったが、恐らく現場には企画担当者のガイがいる。
 あいつに気取られるような下手な気殺はしない、という自信はあるものの、こういう時に限って無駄に上忍力を発揮するのがガイだということも重々承知しているカカシは、渋々ながらはやる心を抑え込んだ。




 アスマと共に再び野外ステージに向かうと、広場はまるで里中の民が押し寄せてきたんじゃないかと思うほど、立錐の余地もないくらいの群衆で埋め尽くされていた。
 誰もが皆、自分が投票した忍をもう一度生で見て、応援したいのだろう。
 単なる一目惚れや好奇心、一途な憧れや尊敬、はたまた熱烈な好意等々…。人々の様々な思いをはらんだ熱気で、会場は最高潮に盛り上がっていた。
 更には、催事の片づけを早々に終えた同僚達も徐々に集まりだしていて、樹上や建物の屋根や庇など、思い思いの場所に陣取って投票結果を待ち受けている。

「おうおう、すげぇじゃねぇか。もしかしてこいつら、みんな人気投票の結果待ちか?」
 ステージを正面から一望できる大木の横枝に陣取ったアスマが、目を丸くしている。
「――ああ、多分ね」
 言いながら、カカシはアスマに覚られぬよう、何気なさを装いながら、素早く一帯を見渡す。
 勿論それは思い人を探すためだが、どこをどう見渡そうとも、イルカの姿はどこにも見当たらない。きっと教室の後片付けか、或いは同僚達の手伝いあたりに手間取っているのだろう。
 だが、それでは困るのだ。
(主役が居なくちゃ、始まらないでしょうよ〜?!)
 焦るあまり、ここは先回りをして呼びに行くべきか? まで思う。
 しかし、万が一にも『紅とイルカ』とか『ガイとイルカ』なんていう恐ろしい結果になった時には、いない方が遥かに都合がいい。
 さてどうしたものかと、カカシは悶々と葛藤し続けた。

 と、その時。
 突如ステージ上でドォンという派手な炸裂音と振動が響き渡ったかと思うと、真っ白な白煙がもうもうと立ちのぼった。
 あまりに突然の大音響に、雑談に興じていた一般者達は不意を付かれて一斉に叫び声を上げ、大パニックに陥りながらその場に折り重なるようにして反射的に伏している。
「――あんのバカ…」
 アスマが力無く天を仰ぐ。
「…誰だろね、アイツを司会に選んだのは?」
 まばたき一つせず、カカシが感情のこもらない声で呟く。
 派手に立ちのぼった白煙が一陣の風に吹き飛ばされると、その場に見慣れた忍が姿を現した。
 薫風に翻る白い上着、ギリギリまで短いスカート。広く開いた胸元に、いたずら好きなつり上がり気味の大きな瞳。
「本日! 閉会式司会進行の栄えある任務を仰せつかりました、みたらしアンコ! ――只今参上ッ!!」
 しかし、完全に度肝を抜かれて腰を抜かされきった人民達が平静を取り戻すには、相応の時間が必要だ。
 暫くの間、会場は凍ったように静まり返ったままとなった。



「――さぁーて、じゃあみんなのお待ちかね。人気投票の結果発表といくよ! 用意はいいかいッ!」
 舞台上ではアンコのオーバーアクション付きの強烈な司会が始まっている。
(んーんーー、用意はまだあんまり良くないねぇ…)
 カカシは未だ姿を現さないイルカを、真剣に心配し始めていた。
 イルカ自身は、自分が人気投票で選ばれるかもしれないなどとは、これっぽっちも思っていないだろう。今頃教室で子供達とたわむれ、その親達に取り囲まれて質問責めにあっている、という可能性も大いにあり得る。
(何だか……ねぇ…)
 同じ忍の世界に身を置き、すぐ側にいるはずなのに、二人の間にある如何ともしがたい隔たりを、突然ことのほか大きく感じだした時だった。
 ザッと木の葉が揺れたかと思うと、ずっと待ち望んでいた男がすぐ近くの枝先に現れた。
「イルカ先生!」
「――ああ、良かった、間に合ったみたいですね。へへ〜 実は俺、この人気投票すっごく楽しみだったんですよー」
 慌てて後片付けをしてきたらしく、イルカは少し息の上がった声でステージ上を見渡している。
(あれ? イルカ先生って、自分が選ばれるっていう自覚あったんだ?)
 アスマも同じ事を考えていたのか、両上忍は揃ってイルカの顔をまじまじと見る、が。
「だって、カカシ先生やアスマ先生が、きっと上位に選ばれるでしょうからね!」
 にっこりと微笑まれてしまい、二人は次の言葉にすっかり詰まってしまう有様だった。


「さぁ〜、まずは女性票の結果発表からいくよ! もちろん一位に選ばれたご両人には、ご褒美のキッスが待ってるからね! 覚悟しときなさいよ〜!」
 それを聞いて、オレは情けなくもごくりと喉を鳴らしてしまった。隣のアスマが気付いて、呆れ顔で苦笑している。
 イルカ先生はニコニコしながらアンコの司会に耳を傾けている。

「じゃあ、女性票第三位ー!」
 アンコの威勢のいい声が、広場に響き渡った。
 広場に詰めかけた人々の視線が、ステージ上のくノ一に注がれているが、アンコ自身まだ結果を知らされていないらしく、白い封筒から二つ折りの結果が書かれたカードを取り出して、チラリと目を通す。
「第三位は! ……ああ、この人ね! アタシの悪友――森乃イビキ特別上忍! はぁい、前へ出て来てー!」
 会場から、わぁ〜という、嬉しそうな女性達の声が上がり、拍手が沸いた。

「…オイ、イビキだってよ…」
 アスマが前を向いたまま、ぼそりと低く呟く。
「あの催し、結構効いたみたいね」
 カカシは相変わらずの口調だ。
「え? 何か面白い講義でもされてたんですか、イビキさん?」
 イルカは如何にも興味津々といった表情で、二人を交互に見ている。
「まぁ、な。何というか…選んだ側にとっちゃ、さぞかし面白かったんだろうよ?」
 アスマが『オレにはあの話の良さはわからねぇ』と言いたげな顔で答えると、余りに半端すぎる答えに、中忍は真っ黒な瞳を何度も瞬かせた。












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