ところがステージ上では、幾ら待っても肝心のイビキが姿を現さない。投票したと思われる女性達は皆、イビキの姿を求めてキョロキョロと探し回っている。
「イビキ〜! 居るのはわかってんだよー? 寄ってたかって引っ張り出されたい〜?」
 アンコがいたずらな響きを含んだ声を上げると、彼女のすぐ背後に、一塊の煙と共に巨体の男が現れた。至極居心地が悪そうな表情で、いかにも渋々来たといった様子だ。
「いらっしゃい、イビキ。女性票三位に選ばれたご感想は?」
 アンコがニンマリ笑いかけたものの。
「んなこたぁいいから、早く進めろ」
 ぶっきらぼうな返事が返るばかりだった。


「はいはい。…じゃあ、女性票二位ね。ああ、これは私も異存はないわよ。――うみのイルカ中忍!」
「オッ? イルカ、おめぇだとよ」
 アスマとカカシが揃ってイルカの顔を見た。カカシの目など、もう既にしてやったりの三日月目だが、イルカ自身はもちろんのこと、アスマが気付くはずもない。
(女性票の二位がイルカ先生ということは、一位は……)
 そして彼が堂々男性票の一位を取れば、オレのSランク作戦は完遂だ。
 口布をデフォルトの装備にしていて本当に良かったと思う。今なんて、とても人様に見せられる状態ではない。
(イルカ先生、待ってて下さいよ! すぐにその隣に行きますからね!)

「えぇ?! 俺っ? なんで…俺?」
 突然名を呼ばれたイルカは、自分で自分を指差しながら、樹上で目をまん丸くしている。
「そうです、あなたですよ。ほら、早く。みんなが待ってますよ?」
 カカシににっこりと促されると、それまでまだ半ば無自覚だったらしい中忍はちょっと顔を赤らめながら、「はぁ…じゃあ…」と少しはにかんだ顔になって、ふっとその場から消えた。
 そしてすぐにイビキの隣にふわり、とその姿が現れると、途端に会場の子供達から「イルカ先生ー! やったぁ〜!」という明るい歓声が一斉に上がった。よく見れば、端の方には金髪の見慣れた下忍達もいる。
 イルカは零れそうな笑顔でその子達を見渡し、温かな拍手に照れまくりながら、鼻梁の傷を人差し指で掻いた。
「おー、流石に人気だなぁ」
「まっ、きっと一番幅広い層から票を集めてるよ。男女共にね」
「だろうな」
 口元に浮かんだ笑みの様子からして、アスマもこの結果には何ら異存はないようだ。
「イルカ先生、特に子供達からの絶大な支持を得たみたいだけど、ご感想は?」
 アンコに水を向けられて。
「えっ? …あぁ、ええっと…みんな、どうもありがとう。先生のどこがどんな風に良かったのか、後でこっそり聞かせてくれな?」
 教壇に立った時の張りのある聞き易い声はそのままに、中忍が素直に感謝の意を述べると、再びわき起こった拍手の中、金髪の少年の「イルカ先生、やったってばよォ〜!」という声が五月の夕空に響いた。


「で、お待たせー。肝心の女性票第一位ッ! なんだけどさ。――あれ? いいのこの結果で? ねぇ、ガイ。ほんとに合ってんの? コレ?」
 アンコが舞台の袖で様子を見ているガイに、しきりに確認をとっている。
(なっ…いいのって…、どういう意味よー? それってオレなんじゃないの〜?)
 カカシは樹上で少しむくれた。
(だいじょーぶ! それであってるからー。早くイルカ先生の隣に行きたいんだから、勿体つけないでよねー)と心中でアンコを急かす。
 舞台上ではガイが苦虫を噛み潰したような表情で、いいんだいいんだ、と手でぞんざいなゼスチャーをしている。
 会場は一体誰の名が呼ばれるのかと、皆、息を呑んで待ちかまえている。
「…あぁごめんごめん、一位はやっぱこれでいいみたいね。いやー、私としてはちょーっと意外な人物でね。まさかって思っちゃって」
 アンコはやたらと勿体を付けながらニヤリと笑い、静まり返った会場を見渡している。
「木ノ葉の里の女性から、最もアツイ支持を得た忍はねぇ、――はたけカカシ上忍、アンタよ!」
(よしっ!)
 カカシは思わず心の中で、小さく拳を握った。チラリとアスマの方を見やると、案の定無言のジト目でもってこちらを見つめている。
『オイオイ、絶対になんか企んでると思ってたが、よりにもよってこれかよ…』
 アスマの鳶色の瞳は明らかにそう言っていると、つきあいの長いカカシには手に取るようにわかった。
 ただ実際にそう問われる前に、この場から消えた方がいい。
「じゃっ」
 カカシは今にも何か喋りだしそうだったアスマの目の前から、瞬時にかき消えた。


 カカシがステージ上のイルカのすぐ隣に現れると、若い女性の黄色い歓声と拍手が、場内に一斉に響き渡った。端の方では金髪の少年や、桜色の髪の少女が大きく手を振っているのも見える。
 上機嫌のカカシは、その部下達に向かって軽く片手を上げて応えた。
「カカシ、アンタ随分と人気あんじゃない。意外だなぁ」
 アンコが真剣に驚きの声を上げている。
「んーー、どうでしょ」
 一応素っ気ない返事を返しておく。
(全部予定通りなんだけどねー)と心の中で呟きながら。

「これで男性票一位の人とキス出来る権利を手に入れた訳だけど、誰が一位だと思う?」
 アンコが振ってくる。
(んなの決まってるじゃない)
 瞬時に突っ込みつつも、表向きだけは偶然を装っておかないとね、と引き続き気のない返事をしておくことにする。
「――は? キス〜? なにそのおかしなルール? 誰が決めたの?」
 舞台袖のガイの方をチラリと見やると、激眉をつり上げて拳を握り締め、滅茶苦茶に悔しそうな表情をしている。
(ガイ、悪いけど今回の勝負と優勝賞品は、オレがありがた〜く貰っとくから)
 ヤツと視線が合ったと同時に、ニンマリと笑って見せたそれは、いわば勝利宣言みたいなものだ。するとますますガイの顔は悔しさで歪み、瞳には炎が燃え盛って、歯ぎしりや地団駄までが聞こえてきそうだった。

(ま、これが実力の差ってヤツ?)
 更に上機嫌になって真隣のイルカを見やると、こちらでも「流石ですね、カカシ先生!」と言いながら天使が微笑んでいる。
(でしょう〜? あなたのためにオレ、本気で頑張りましたよ。後はあなたが一位で発表されるのを待つだけです。ああ、なんて待ち遠しい〜)
 カカシは天にも昇るような気分になり、今にも目の前の男を力一杯抱き締めたくなる衝動を辛うじて抑えた。



「じゃあお待ちかね。次は男性票ね!」
 アンコのキレのいい司会でどんどんと結果発表が進行していくと、カカシの胸の鼓動が一段と高鳴ってくる。
(あぁどうやってキスしよう。絶対にイルカ先生に嫌われないようにしなくちゃ)
 頭の中はもうそのことで一杯だ。


「男性票第三位は! ――おぉ〜っと、これはアタシの大親友だわ。おめでとー! 夕日紅上忍!」
 うぉぉ〜! という、野郎どものどよめきと歓声、そして拍手の中、紅の姿がゆらりとステージに現れた。
 幻術でくるか、と思っていたが、真面目に本体が来た。一応上忍だけあって、その辺の礼儀はわきまえている。妖艶な微笑みで、会場に向かって軽くお辞儀をした。
「男性票に関しては、アタシ的にはアンタが一位だと思ってたんだけどねぇ? 一応感想とか、聞いとこうか?」
 アンコが側に寄ってきて話を振ると、一部のオヤジどもにとってはこれが最高のお宝ツーショットらしく、カメラのシャッター音が一際大きく耳に付く。
「何言ってるの、一位な訳ないでしょ? まだまだ他に魅力的な仲間はいっぱい居るじゃない」
 それが一体誰のことを指しているのかは知らないが、あながち謙遜だけで言っている風でもなく、真剣な面持ちで答えている。
「そうなのかなぁー。んーまぁでもそうなんだろうねぇ〜? ――じゃ、トントンと続き、行ってみる? 男性票第二位!」
(頼む! ここでイルカ先生の名前だけは呼んでくれるな!)
 カカシは周囲に気付かれないよう大きく息を吸い、そっと目を閉じた。もし万が一にもここでイルカの名前が呼ばれたら、速攻で変わり身を置いて逃げる腹づもりだ。


「――あーら、嘘みたい。面白い人が選ばれてるよ? 念のためにもう一度言っとくけど、これって男性票だからね? その男性に、二位になるほどに支持される男性なんて、なかなかのイイ男だと思わない? ――ねぇ、猿飛アスマ上忍!」
 途端、会場の一角から、凄まじいダミ声や野太い男の声による大歓声が沸き上がった。
「ギャーー! アッスマちゃ〜ん! スキィィーー!」
「同業者一同応援してるわよぉ〜!」
「借金取りになんか負けないでぇ〜!」
「お金ならアタシがいつでも体と交換で払ってあげるぅ〜!」
 オカマ達はあの三人だけではなかったのだ。さっきから会場の一角が妙にきらびやかで、やたらと濃くむんむんしている場所があるなと思ったのは、みんなその連中だったらしい。
 カカシの嘘を真に受けて同情したオカマ軍団から、相当の組織票が入ったらしかった。
(げッ、アスマが二位だったんだ? じゃ、一歩間違ったらコイツと………だったわけ? うわ、あっぶな〜!)
 二位がイルカでなかった事に跳び上がりたい気持ちになりつつも、一歩間違えばあの熊とキスなどという、実はかなり危ない橋を渡りかけていた事にも気付き、一瞬ひやっとなる。
 そして、正面の木の上に陣取っているはずのアスマは、この状況にさぞや肝を潰しているんだろうなと容易に想像が付いた。
 案の定、アンコが前に来るようにと呼びかけているのに、アスマはなかなかステージ上に出ていかない。最高に笑える展開に、カカシは楽しくて仕方がなかった。またこれでアスマをからかうネタが出来た、と思う。

 散々に名前を連呼された挙げ句、ようやくしかめっ面をしたアスマが、思い切り煙草を噛み潰しながらステージに現れた。
 すると軍団連中の太いオネェ言葉が会場中にこだまして、会場が笑いの渦に叩き込まれ、一層の盛り上がりをみせる。
 アスマの苦虫を噛み潰したような髭面には『面倒くせぇなんてもんじゃねぇ』『ふざけんな』『冗談じゃねぇ』『カカシ、覚えてろよ!』とデカデカと書いてあるのが目に見えるようだ。
 しかし、良く出来てはいるものの、それは紛れもなく影分身で、舞台上の面々は一斉に苦笑する。
 そして「確かにこの状況では、流石に本体は出て来れないか」と、本来なら恐い者無しのはずの上忍がとった行為に、皆心から同情するのだった。












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