(はぁーー、さっすが上忍さんだよなぁー)
 俺が今日、久し振りの全休だということまでちゃんと調べたうえで、ああして声を掛けてきてるんだから大したものだと思う。きっと俺のことなど、その気になれば一ヶ月前の夜にどこで何を食ったかまで把握できそうだ。まぁ一楽しか候補はないんだけどな。
 対する俺はというと、いまだあの人のことを殆ど何も知らないでいる。忍の世界は下から上へと向かう風しか流れておらず、時折横から流れてくる細切れな情報で、少しずつ補完しているのが現実だからだ。

 洗濯物を干したその足で、言われた通り昨夜の裏路地へとやってきていた。空はどこまでも青く澄みわたっていて、この先梅雨などというものがあるのかと思うほど爽やかだ。こんな日に、彼は何をしようというのか?
(いや何かするったって、今日任務だろうに…)
 昨日から続く形で、ナルト達はDランクの古家解体作業のはずなのだ。
(…えっ?!)
 だが、手持ち無沙汰のまま待ち合わせ付近をうろついていたところ、彼の言っていた十時を少し回ったところで、思わず路地へと体を引っ込めていた。
(なんだ、もう終わったのか?)
 間違いない、あの遠くからやってきている四人。オレンジ、ピンク、ブルーという特徴的な配色に、背高い銀髪。七班だ。どうやら初日から前倒す勢いで進め、今日はほとんど作業をすることなく終わってしまったらしい。そういえばナルトとサスケは授業中にもよく張り合っていた。主にはナルトが突っ掛かっていく格好だったが、何となく作業の様子までが想像出来るようで微笑ましい。
「――え〜という訳で、今日の任務は終了。解散だ」
 俺が潜身している路地のすぐ近くまで来たところで、カカシさんが至極のんびりとした声を掛けた。夕べ話した時はもう少し早口でキリッとした印象だったが、子供らには一段ギアを落とす形で接しているらしい。けれどナルトは全く納得いってないらしい。
「もう終わりィ?! まだ朝の十時だぞ! 最近ショボイにんむばっかじゃんか! Sランクにんむはいつだってばよ!」
(…っ、あんのバカ…!)
 ペーペーの新米下忍のクセして、ショボイだのSランクだのと息巻いている姿に、思わず額に手をやる。案の定サスケやサクラにそのことを指摘され、ウスラトンカチと諭されているが、有り余った元気が歩いているような少年は片時も黙っていない。勢いよく両の手を振り回し、「もっとこう〜、シュババッと、ガッと、バキッと!」などというわけのわからない気合いを噴出させたところで、「ないない、ハイ解散」と軽くいなされている。
(…お前なぁー…)
 ただでさえ俺とお前は似てるとか言われてんだから。頼むぞホントに〜。
 片手をちょいと上げて見せた上忍が、後ろも振り向かずにさっさと角を曲がって消えていく。どうやら彼が見せたかったものとはこれだったらしい。説教の一つもしてやるつもりで、いつ路地から出ていこうかとタイミングを見計らっていた時だった。
「ちょっち待てぇい! オレらでもやれる、Sランクにんむがあるってばよ!」
(?? Sランク〜?)
 もうサスケ達は帰る話をしているというのに、一体何を言い出したのかと、気殺をしたまま耳をそばだてる。下忍にSランクなど、割り振られるわけがない
「カカシ先生の、素顔を見ることだってばよッ!!」
(なっ…またそれかッ!)
 以前路上で話の勢いに乗せられた際、ついつい『先生の胸を借りて見せて貰ってこい!』などと言ってしまったことがあったが、あの発言がいまだに生きているらしいことに頭を抱える。カカシさんが見せたかったものとはこっちだ、間違いない。
(なーにが「敵の最高機密を暴くのだ!」だっ! あんな話真に受けやがって…このバカモンがぁーー!!)
 しかも会話の感じからすると、これが初めてではなく、いままで繰り返しチャレンジして失敗しているようで。
(お前らなぁ…)
 そろそろいい加減にしとかないと、そのうちカカシ先生に痛い目に遭わされるぞ?
 これまでも色んな方法を試してきたらしい子らは、「今までの先生の写真を全て探し出せば、一つくらいは…」などと言っているが、それこそ無理というものだろう。ってサクラ、お前実際探したことあるのか? それはそれですごいな。
「火影様に提出する忍者登録証には、素顔の写真が使われているはずだよ」
(あぁそうそう、いま俺もそう思ってたとこだけどな……って、ええッ?!)
 なぜか三人のものではない成人男性の声がして、慌てて板塀の隙間から子らのほうを見る。と、いつ近寄ってきていたのだろう、茄子紺のロングコートに身を包んだ背高い男が、すぐそこに立っていた。少しカールしたローズグレイの髪に、どこかピエロを思わせる目元の黒い隈取り模様が、独特の雰囲気を漂わせている。
(…って、えなに?! カカシさんっ?!)
 中忍稼業も長くなれば、その人特有のチャクラを関知して本人と識別することはさほど難しいことではない。にわかには信じられないが、そこに立っている見慣れない容姿の男は、昨夜も会い、今さっきその角を曲がっていった、はたけカカシ上忍その人だ。
 しかもそのピエロ男、写真家のスケアと名乗って、「スクープ写真を狙い、全国を回っている」などと自己紹介している。
(えっ? はあっ? なんだそりゃ〜?)
 全く予想外の展開に、今まさにここから出ていってナルトを叱り飛ばそうと思っていたことも忘れ、懸命に頭を巡らす。
(…うぅむ…、まさかとは思うが、夕べ俺をここに呼んだことを、忘れちまってるわけじゃあない、よな?)
(いやぁないない。あるわけない。例えそうだったとしても、こんな近くで気殺している中忍なんて、コンマ一秒で気付いているはずだ)
(――と、いうことは、だ)
 彼は敢えて俺に、このやりとりを見物させている。
(にしても、ちょっと待てよ〜)
 思わぬ成り行きに呆気にとられているうちに、背後では「カカシさんの忍者登録証の写真を、四人で盗み見に行く」などというとんでもない話がまとまりつつある。
 なんでもスケアカカシさん曰く、「僕もその素顔写真を押さえることができれば、木の葉始まって以来の大スクープ。揉み消されるにしても、かなりの額が手に入る」だそうだが、そもそも木ノ葉の核となる忍者登録証なんてものを見に忍び入った地点で、大金どころか命が揉み消されても何らおかしくないのだ。さらに登録証なんてものを万一カメラなんぞに収めようものなら、一生お尋ね者だろう。そんな一銭にもならないリスクを冒す一般人が、この世のどこに居るというのか。
(お前らなぁ、ここをどこだと思ってる?)
 そんな荒唐無稽な話に、ラーメンと餃子なんて報酬でホイホイ乗りやがって…。

 俺も見たくなっちまっただろうが、その写真。


     * * *


(――にしても、本当にやる気、なのか…?)
 鉄条網と鉄の扉、そして怖ろしく分厚い漆喰に塗り固められた巨大な保管庫へ到着した即席スケア班の一行を、一定の距離を保って慎重に監視しつつもまだ訝っている。
(まぁそれと同じくらい、期待もしちまってるんだけどな?)
 それまでソフトな優男という印象だったスケアカカシ氏だが、潜入ミッションが始まったのを機にロングコートを脱いで民間で広く利用されているワークベスト姿になった途端、少し雰囲気が変わっていた。言わば「木ノ葉の上忍・はたけカカシ」に一歩近づいた感じだが、幸いなことに下忍達には気付かれていない。まだ他人のチャクラを関知できないのだから当然といえば当然なのだが、それでも彼がスケアと名乗った地点で…
(――わっかるわけねぇよなぁー、そんなの〜)
 多分俺が下忍の頃に会ってたとしても、ホイホイついていったぞ。だってカメラ持ってる姿とか、ちょっとカッコイイし。
 機密書類が保管されている地下保管所までは、サスケが誘導していた。確かに授業で里の全体図の説明は一通りしていたが、書類関係が何番庫かまで覚えていたとは流石だ。しかもナルトとサクラを素早く見張りに立て、自分の顔ほどもある特大サイズの南京錠を開けにかかっている。
(おぉやるなぁサスケ。…うん、いいぞ。そこな、針金は予めLの字とOの字に曲げておくんだ。…そうそう、その手付き、いいぞ!)
 縄抜けの実習は随分やったが、解錠の講義については入門程度しかやっていなかった。それをここまで使えるようになっているとは大したものだ。
 けれど、いかに目のいい少年をもってしても、あと一歩が足りないらしい。まぁそんな程度で保管庫の鍵が開いてしまってもどうかとは思うが。
 すると見かねたピエロ男が「代わってもらってもいいですか」と、脇から声をかけている。
(おいおい、ウソだろ…)
 てっきりここで断念を装うのかと思いきや、この男、本当にやる気らしい。
 保管庫の庇の陰で確信していた。カカシさんは、本気で彼らを倉庫内に入れるつもりでいる。
(マジか…)
 面白くなってきやがった!

「以前、火影直轄の情報収集班にいた」と、あっさり本来の身分を明かした男は、ものの数秒で何の苦もなく最高機密庫の錠前を開けていた。余りの手際の鮮やかさに、サスケが「こんなことをしてると、別の暗部にマークされるぞ」と至極もっともな発言をしているが、ピエロ男は聞いちゃあいない。自ら率先して鉄の扉を押し開いてやるサービスぶりだ。ここまでくると、ナルトやサクラはもちろん、サスケまでもが、初対面の彼を「同じミッションをこなす仲間」だと認識しはじめているだろう。うーん、なんというか、色んな意味で罪な人だ。
 罪と言えば、カカシさんのさり気ない誘導が大いに効いているとはいえ、里の情報中枢機関が新米下忍を含む五人もの忍の侵入をあっさり許してしまっている。
(保管所の警備には改善の余地がありそうだな)と、報告書の文面を考えながら、そろりと庫内に入った。


     * * *


 木ノ葉は五大国いち大きな忍里だ。保管してある文書の点数も膨大で、以前からことあるごとにここを訪れている俺ですら、全体像は把握しきれていない。そんな中、ナルトは物量作戦とばかりに瞬く間に数十人に分身して、何百個あるかもわからない保管ケースを片っ端から覗いている。だが箱に明記されている一見ランダムにしか見えない表示記号のルールがわかっていないと、中身が何かはわからないようになっている。サスケとサクラはしきりに頭を捻ってその表示を読み解こうとしているが、二人がどれほど賢くても恐らくは無理だろう。
 そんな中、カカシさんだけが広い庫内をあちこち行き来して、時折箱を開けては中身を物色している。その一切迷いのない様子からして、暗部時代はここが庭だったらしいことが容易に伺えた。ひょっとすると自身の忍者登録証がどこにあるかなどとうの昔に知っていて、それ以外で目に付いた興味のある情報を拾い読みしながら、適当に時間を潰しているだけなのかもしれない。
 けれど、彼がのんびりすればするほど、こちらの焦りは一足飛びに募ってきている。だってそうだろう。このままナルト達に任せて登録証が見つかっても、また最後まで見つからなかったとしても、彼はどう幕を引くというのか。もはやここまできてしまった以上、半端な誤魔化しは効かない気がするのだが。
(あぁもうカカシさん、そんな悠長なことしてる場合ですか〜!)
 上忍はよほどヒマだったのか、しまいには俺の登録証を見つけ出してしげしげと眺めている。俺がすぐ側で見てると知っていて、なかなかいい度胸じゃねぇか、あァ?
(っていやもうそんな古い写真はどうでもいいですから〜)
 こっちは気が気ではないのだ。念のため影分身を三体作って、保管庫に向かってくる者がいないかを各所で見張らせてはいるが(っていつの間に俺が後方支援役になってんだ!)、このまま長引かせたところで、事情を知らない同胞と鉢合わせしないとも限らないのだ。そうなったら、どんな言い訳も通用しないだろう。悪くすれば、ナルト達がアカデミーに逆戻りという事態も十分に有り得る。
(そこんとこ、本当に、ちゃんとわかってますよね?! カカシ先生…!)




        TOP   文書庫   <<  >>