ナルトがサクラ達と連携して端から虱潰しに見て回っている包囲網が、いよいよカカシさんのファイル保管箱へと近づいてきている。と、一体何を思ったのだろう、ピエロ男がさり気なく近づいてきたかと思うと、自身の登録証のある引き出しを開け始めた。
(えっなに? やっぱ見せちゃうんですか?!)
 それって、俺も見ていいって、こと?!
 思わず気殺している場所から、ギリギリ見つからない範囲まで身を乗り出す。
(…ゃっ、でも待てよ? 最初から見せるつもりなら、こんなリスクばかりが高くなる悠長なことしてないで、さっさと見つけたフリをしたんじゃ…?)
 その一連の行動に、どうしても引っかかるものがある気がして、物陰で必死に考えを巡らす。この状況を前にして、自分はいま、どうすべきなのか。
 その間にも、彼は数百にも及ぶ大型封筒の中から、一切迷うことなく自身のものを見つけ出して、「あった! これだ!」と三人を集めている。
(ん? まてよ…?)
 夕べ上忍が、「教え子と自分を重ねて考えてはいけない」と言っていた光景が脳裏を過ぎる。
 そういうことならわかっているつもりだ。彼ら教え子は、自分の延長線などではないのだ。
(って、まさか…?)
 あのピエロ男、もしかしてこの突拍子もない状況で、この俺を…?
 でもそういうことなら、これまでの全てに得心がいく。ならばここでいきなり出ていって元恩師として叱ったり、写真を上手く見つけられるよう、おかしな手助けをしたりするのも違うだろう。
(そうか、そういうことか! ならこっちにも考えがあるぞ)
 側ではスケアカカシを囲んだ三人の子供達の前で、今まさに封筒が開けられ、登録写真が引き出されはじめている。
(道化上忍、上手くノッてくれよ〜?)
 目を閉じ、顔の前で素早く印を結んだ。


     * * *


「バカモン!! 言い訳など聞いとらん! お主らは木ノ葉の最高機密情報を何と心得る! これから本格的に忍を目指そうという者がそんなこともわからんようでは、忍になる資格がないぞ! そもそもお前達はまだアカデミーが卒業できたというだけの、実践すら殆どこなしておらん下忍、そんな者達が――」
(………)
 片手に煙管を持った火影様が、ナルト達を前にさっきからありがた〜いお説教をして下さっている。
 いくら上忍の監視下にあるとはいえ、里の最高機密が詰まった保管庫内へ、上忍自らが手引きして忍び入らせるなど、倫理的にどうなんだと思っていたが、このオチがつくのなら納得だ。
 俺はその様子を、マントを被った暗部面の下で黙って聞いている。場所としては火影様のすぐ後ろ、最前列の特等席といったところのため、何やらこちらまで頭を下げたくなるのをじっと堪えているところだ。
 目の前では支給服姿のカカシさんが、ナルト達と一緒に頭を下げている。けれどもちろんこれは、あの子らだけが気付いていない、「予定調和」というやつだ。

 保管庫の一角で、カカシさんの忍者登録写真が封筒から引き出される直前、俺は暗部の一団に変化して、彼らのすぐ背後に立っていた。四人もの暗部達からいきなり殺気を突き付けられ、「動くな。これからお前らを拘束する。少しでも動けば反抗の意とみなし、場合によっては処理する」などという物騒な宣告を受けたナルト達は、さぞや肝を冷やしたことだろう。
 けれど一連の様子を物陰から慎重に見守っていたはずのこの俺も、今思えば上忍と火影の手の平で上手いこと転がされていたらしい。
(あぁもう〜、すっかりその気になって乗っかっちまったじゃないですか〜)
 カカシさんは、元気と好奇心を持て余すナルト達に大切なお灸を据えながら、俺のアカデミー教師としての覚悟の度合いまで試していた。
 けれどもしもあの場で俺が覚悟を決めきれず、暗部に変化せずにナルト達と同じ「覗く側」に回っていたとしたら…。
 果たして彼は、どうするつもりだったのだろう?
(まぁ…何となく想像はつくがな?)
 引き続き火影様が落としている雷を傍らに聞きながら、面の下で思いを馳せた。


     * * *


「アナタ確か元暗部でしょ。何が潜入ミッションだ。オレの素顔なんて、どーでもいいでしょ」
「すみません…僕は止めたのですが、この人たちがどうしてもというので」
 火影様にみっちりしっかり叱って貰った後は、例の「火付け役」であるスケアの落としどころだ。俺としては「あのまま牢屋に行った」とでも言って終わりにするのかと思っていたのだが、意外にもカカシさんはスケアと直に対面のうえ、直接下忍達の前で叱っていた。例え架空の設定の「元同僚」であっても、悪い事をした者はそのままにしないという基本的なルールを、面倒がらずにきちんと貫いて見せている姿勢に感心する。今回の件、声をかけて貰って本当に良かった。
 やがて(待てよ、カカシさんがこの二人芝居をいつまでも続けてるのは、ひょっとすると俺が延々様子を伺っちまってるからか…?)などと巡らしはじめたところ、彼はスケアを残して遠くの角を曲がっていった。
 だがそんなこととは露知らずのナルト達は、上忍師がいなくなった途端、一斉にスケアに向かってブーイングをはじめていて、これはこれで微笑ましい光景だ。そろそろ気殺を解いてこの場を離れねばと思っているのに、面白すぎていまだに機会がみつからない。
「ずり〜ぞォ!! よくも人のせいにしてくれたなぁ!!」
 ナルトは憤懣やるかたないと言った様子で、握り締めた小さな拳を振り回している。
(あのなぁ、そんな胡散臭いヤツにやすやすと引っかかった、お前が悪いんだぞ? そこんとこ、わかってんのか〜?)
 今度ラーメン奢れと言ってきたら、一通り話を聞いてやりながらよく言って聞かせないといけない。
「フン、おかしいと思ったぜ。あれだけの解錠技術を持ってて元暗部なら、一人でやれたはずだからな」
 いいぞサスケ、そうやって少しでも変だと思ったら、次からは相手の裏をかくように行動するんだ。それと「一人でも十分やれたのに、なぜわざわざ技術の劣る下忍の自分らを巻き込んだのか?」という理由を、もっともっと深く突っ込んで考えられるようになったら一〇〇点だ。
「失敗したら、はなから私達のせいにするつもりでいたのね?! イケメンでもやることえげつない人はヤだなぁ」
 サクラ、その考え方は…まぁ悪くない。でもサスケと同じであと一歩踏み込みが足りないから六〇点だ。
 ちなみにスケアさんがイケメンかどうかだが……うーん、女の子としては、あれはいいセンいってる? ほうなのか?

「ごめんごめん! かわりにカカシ先生の顔を撮るのに協力するよ。今度は写真技術でね」
 スケアさん、今日はヒマなんですか? 引き続きナルト達を巧みに誘っていて、俺としたことがいよいよ帰る機会を逸してしまっている。
 彼曰く、「直接実物を狙って」「カカシ先生を食事に誘い」「食べる瞬間を、連続撮影できるこのカメラで撮る」ということだが、そんなことをしてしまって大丈夫なんだろうか? 子らによると、これまで何度も似たような事を試みているそうだが、その度に邪魔が入って見れないままなのだという。でも高性能のカメラで連写するとなると…?
(まぁでも…なにか案が、あるんだろうな?)
 是非その妙案を拝見させて頂きたく、今しばらくここに留まることにする。
 誓って素顔目的とかじゃあないぞ?(って今さらか!)


     * * *


「先生! 今日はおり入りまくって話があるんだってばよ!」
(たはっ、ナルトのヤツめ…)
 団子屋に誘って食べているところを、草陰からスケアが隠し撮る、という手はずにして、ナルトがカカシ先生を呼びに行ったのだが、その余りのあっけらかんとした不自然さに思わず頬が弛む。
 今さら改めるまでもないが、お前は本当にわかりやすいヤツだよなぁ。そんなんじゃ例え何も知らないでいる人でも、一発でおかしいって気付いちまうレベルだが、そこまでくるとかえって疑うのも悪いような気がしてきて、そのままノッてやりたくなっちまうから、作戦としては一応成功、なんだよな? 多分。
 けれど、歴戦の猛者による完璧なまでの準備と実行力は、その遥か上をやすやすと飛び越えていく。当然か。お前らの年の頃、あの人はもうすでに上忍で、日々重要任務を次々こなしていたんだからな。

 団子が運ばれてきたまさにそのタイミングで、散歩中のキバがやってきていた。かと思うと、一緒にいた赤丸が、エサを啄んでいた鳩の群れに飛びかかっていく。
 その騒ぎが収まった時には、もう上忍カカシはとっくの昔に団子を食べ終わってしまっており。
 そこからが道化男の本領発揮なのだった。


     * * *


「――はぁーー…こりゃあまた…」
 彼が実際に撮ったという写真を見せて貰いながら、呆気にとられつつ溜息を吐く。ナルト達がガックリと肩を落としてとぼとぼと引き上げていったのも無理はなかった。十数枚に及ぶどの写真を見ても、彼の口元は飛び立った鳩や木の葉やキバの姿により、まるで冗談か何かみたいにきれいに隠されていた。それらはもう殆ど爆笑のレベルだ。なのにそれを見せられても笑うどころか、本気で悔しがり残念がっていた彼らを、心の底から愛おしく思う。
「っ、流石写輪眼、ですね」
 今にも湧き上がってきそうになる笑みを抑えつけながら、極力真面目くさった顔で確認する。この完膚無きまでの撮れ具合は、到底習熟や偶然などというものではあり得ない。だとすれば、やはり。
「ま、ね」
 この上忍、ここまで完璧にやりきっても、少しは照れ臭かったりするのだろうか。随分と軽い感じで答えたピエロ男が、脱いだ市販ベストをベッドの上に放り投げている。
 「今回の反省会」と銘打たれたものにのこのことついてきたところ、まさかの上忍宅に通されて少々緊張している。…はずが、ほのぼの写真の数々にすっかりほぐれてしまっていた。彼はきちんと喋らないことも多いけれど、なかなかどうしてお茶目さんだ。
 サスケは写真を見て「神の力さえ感じる」と言っていたが、いつか自身が開眼したとき、今日という日を理解するのだろう。思い出して懐かしんでくれるといいのだが。
「まっ、あいつらが自ら思いついた修行にしちゃ、そこそこいいセンいってたし?」
(だからこっちも、ちょっとだけ気合いを入れて遊んでやった、と)
 どうやらそういうことのようです。今のを意訳すると。
 言うなれば今回の一連の「ご尊顔企画」は、カカシさんによるちょっとしたサービスみたいなものだ。上忍師によって教える内容はそれこそ千差万別だし、例えこの手の遊びの部分が全く無かったとしても、特に支障はない。けれど任務外でここまでよく出来たプレゼントを貰っている弟子も希だろう。
 いずれにしても、この人の懐の深さが理解出来るようになったなら、あいつらもようやく一人前になってきたということだ。
(それまではせいぜい、思いっきり、全力で遊んで貰えよ!)

「――なに?」
 この上忍、同僚の証言通りとてもよく出来た人なのはわかったが、無駄に目がいいのは如何なものか。いま俺がほんの一瞬、こそりと口端を上げたのまで気がついたとは。はい観念です。
「ぁいえ、あいつら、ほんとにいい先生についたんだなって」
「………」
 そして目ではどれほど見ていても、口にはなかなかその考えを出さないときている。多分きっと今日のことも、一生誰にも言わないままなんじゃないだろうか。
(ほんとうに、道化役に徹するつもりなんだなぁ)
 そう思って改めて横顔を見てみると、その隈取りはどこか彼の大師匠を思い起こさせるようでもあり。
 左の顎にこれ見よがしにぽつりと付けられた黒子は、ピエロにありがちな涙の粒に見えなくも、ない?
(っていやその黒子、少し位置が違いません? 修行の一環にしてはセクシー路線に振りすぎですって)
 目が慣れてきたせいか、全体の造作も、まぁ…なんだ、イケメン…といえばそうなんだろう。
 わざわざサクラにまで頬を赤らめさせる必要があったのか疑問だが。
 しかもこの男、表向きは「適当空気」を漂わせているくせに、陰ではやたらに手間をかけているようで。
「ぇなに、変化じゃなかったんですか?!」
 次々と上衣を脱いでいくことで、俺への返事をうやむやにして揉み消した男が、洗面所の鏡に向かって大きな溜息をひとつ吐いた。――かと思うと、右目から琥珀色のレンズを外しだしていて、たまらず声をかけていた。凝り性か!
 そしてこういうのも、不言実行というんだろうか。上忍なら分身変化など朝飯前だろうに、なんでわざわざ本体が「変装」などという時代がかったことをしてるんだか。アカデミー教師の俺ですら、忘年会の余興以外でやったことなどないってのに。
「でも、ぜんぜんわかんなかったでしょ?」
「えぇ、そりゃあまぁ……はい」
 わからんどころか完璧だ。人は物事に対して差異を感じ取ることで、常に判断を下している生き物だが、元の姿と比べようにも、普段からあれだけガッチリと全身を隠している男に声や姿勢まで変えられてしまっては、気付きようがない。
 うっかり唇から出かかった、「もしかして…趣味なんですか?」という問いを、すんでのところで飲み込む。見てわかるものに、敢えて水を向けてやる必要もない。
 そんな筋金入りの道化男曰く、「まっ、常識なんてものは、上手く利用すればいいんであって」だそうだが。要は子らと戯れる時間を、彼なりに楽しんでるってことなんだろう。
 それ言うと、また黙っちまうだろうから言わないでおきますがね?




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